髪の毛 解答編


 一ノ瀬が犯人ではないと言い切った女性に田中は困惑しながら言った。


「だけど、ビデオカメラに映っていたのも間違いなく彼女だったんだ」


 相変わらず少し潤みを帯びた瞳を揺らしながら、女性は言った。


「本当にそうなのかしら? 話によると、被害者が演技をビデオで録画していたのは、役者仲間ならみんな知っていたのでしょう? もちろん容疑者である一ノ瀬さんもね」

「あぁ、演技に対して横山くんは熱心な男だったからね」

「どうして彼女、そのビデオを止めなかったのかしら。どうしてビデオの記録を消さなかったのかしら」

「それは……気が動転していたからじゃないのか?」

「体にシーツを巻いて、返り血がかからないように配慮できるのに?」


 う、と田中は言葉に詰まった。確かに衝動殺人の割には細かいところにまで気を配っている。


「そしてどうして彼女、シーツを体に巻いたのかしら。被害者にかぶせて上から殴ったほうが、安全だと私は思うんだけど」


 言われてみれば確かにそうだ。これから殴りかかろうとする相手の視界を奪うことも出来るし、一石二鳥ではないか。


「その答えは一つ、犯人は自分の服装をビデオに撮られるわけにはいかなかったから」


 きっぱりとそう言いきり、そして彼女は話を続けた。


「あなた達がビデオカメラの映像から、彼女を犯人とした理由って、実はその長い髪だけなのよね。顔は分からない、服装もシーツでわからないんじゃあ、断定なんて出来ないのに」


 グラスの中の氷をくるくると回しながら彼女は微笑む。田中はいつの間にか彼女のことばに聞き入っていた。


「――凶器が見つかった場所、衣装室にあるものを使えば、ビデオに映っている現場の状況なんて簡単に作ることが出来るのよ」


 田中は言われて、すぐに衣装室にあったものを思い浮かべた。劇に使う衣装、小物……そしてウィッグ。


「そうか! 犯人はウィッグを使ったのか!」

「――正解。ウィッグをかぶることで、犯人はその姿を容疑者の一ノ瀬さんに見せかけることが出来た。これで犯行は部屋に引きこもっていた彼女以外でも可能だということが証明されたわ」

「し、しかしそうだとしても、あのときパーティ会場にいなかった二人にはアリバイがある。僕は窓から三枝くんの姿を見ていたし、二ノ宮くんともすぐに電話を代わった」

「そうね、その通り。だけど二人が協力すれば、そのアリバイを崩すことが出来るの」

「二人は共犯だったというのか?」

「――どうして三枝くんは二ノ宮さんと電話を代わるとき、電話を一度切ったのかしら。部屋に戻って彼女に携帯電話をそのまま手渡すだけで済むことなのに」


 田中は言われて、あの日の三枝との電話を思い返した。窓から見える三枝は携帯電話に耳を当てたまま、二ノ宮の部屋に入っていった。確かに、通話したまま部屋に入り、携帯をそのまま渡すが自然な行動のように思えた。


「――本当に、窓から見えていたのは三枝くんだったのかな。誰かが彼になりすましていたとは考えられないかな?……そう、例えばショートヘアのウィッグをかぶらせて」


 私は押し黙った。目の前の女性が言おうとしていることが分かってしまったからだ。


「三枝くんはそのとき、あの場にいなかった。恐らくは劇場からあなたに電話をかけていたんでしょうね。被害者を殺害後、一ノ瀬さんのふりをして、ロングヘアのウィッグをかぶり、ビデオにその姿を映す。その後すぐにあなたに電話をかけた」


 田中は信じられない気持ちで、彼女の言葉に耳を傾けていた。


「アリバイ工作のために、ショートヘアのウィッグをかぶせた共犯者である二ノ宮さんの姿を窓越しに確認させ、電話を代わると言って、一度通話を切り、そして今度は二ノ宮さんに連絡を入れた」


 共犯者、というその言葉に、田中の心臓はぎくりと痛んだ。


「連絡を受けた二ノ宮さんは、そのまま部屋に戻り、まるで今まさに三枝くんから電話を代わったように見せかけ、あなたに電話をかけた。その隙に、犯人は変装を解いて、劇場に鍵をかけてから……あなたに見つからないよう、ベランダ伝いに二ノ宮さんの部屋へと戻り、何食わぬ顔で二人一緒にパーティルームに戻った。そしてタイミングを見計らい、あなたを連れて殺害現場へ行った」

(――あ、田中さん何ですかその格好)


 一瞬、田中の脳裏にパーティルームでの三枝の一言が甦った。

 ――そういえば、どうしてあの時、三枝くんは僕の姿に驚いたのだろう。窓越しに僕のホスト刑事の姿は見えていたはずなのに。

 真っ赤なジャケットを着たあの姿は、窓越しでも分かるはずだったのに。

 田中は女性の言葉に続けるように、あとの出来事を簡潔に話した。


「僕はその後、警察に連絡して、パーティルームにみんなを集めた。……三枝には部屋で眠っていた一ノ瀬さんを起こしに行かせた」

「――たぶん、そのときに劇場の鍵を部屋に置いていったんでしょう。まぁこれも現場にいなかった私の単なる想像でしかないんだけれど」


 話し終わり、女性は梅酒を飲み終え、席を立った。マスターににっこりと微笑みを返し、会計を済ませると、軽やかな足取りで女性はバーを後にした。

 一人残された田中はその空いたグラスをしばし見つめ、残った自分のグラスを飲み干して、携帯電話を手に取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る