テーマは『かみのけ』

髪の毛 問題編

「――俺は一人で練習するからな! 誰も入れんじゃねーぞ!」


 散々怒鳴り散らして、横山和雄はパーティルームを出て行った。残された一ノ瀬由美は背中まである自慢のロングヘアをくしゃくしゃにかき回して横山の出て行った扉を無言でにらみつけた。

 何も言わないのが一番怖い、と田中義文は、一ノ瀬に目を合わせないように気をつけながら、そそくさと他のメンバーの集まるテーブルへと向かった。


「何もこんなところまで痴話喧嘩を持ち込むことないのにね」


 二ノ宮洋子が呆れ顔で言った。田中は苦笑いをして、隣に立つ劇団の中では一番後輩の三枝健太に目配せをした。


「――あの二人、近頃上手くいってないみたいですからね」


三枝は田中と同じように苦笑いで答える。

田中の所属する劇団が、年に数回、この山奥の劇場ホテルを貸切にして公演するようになってもう三年が過ぎようとしていた。

今日はもはや恒例になってきている、役者のみ参加の小さなパーティだった。

本来はメンバーの結束を固めるために開いたパーティなのだが、主演俳優と主演女優が始まる前から大喧嘩をしてしまった。

主演俳優の横山と主演女優の一ノ瀬は恋人同士だったのだが、どうも横山の浮気癖が原因でこれまでも数度、諍いがあったらしい。

横山はいつものように、劇場にこもって練習しているのだろう。ああなると中々出てこないから困る。劇団では横山のこの行為をいじけ稽古などと呼んでいた。


「――ちょっと三枝! こっち来なさいっ!」

「は、はいっ!」


一ノ瀬の声が飛び、三枝はそそくさと彼女のところへ向かう。ついでに飲み水を持っていくあたり、教育が行き届いている。


「あぁ、また一ノ瀬に捕まったな」


田中は心底哀れみを込めて言う。


「田中さん、あたしも行って宥めてくるわ。さっさと部屋に押し込んどいたらいいでしょう?」


 セミロングの髪を払うようにして、二ノ宮が言った。


「あぁ、頼むよ。こっちは僕に任せておいてくれ」

「はい、お願いします」


ぺこりと頭を下げて、二ノ宮は一ノ瀬たちのあとを追った。

三人が出て行って、田中は窓際の席へ向かった。

パーティルームの窓から、外を見る。ぱらぱらと雨が降り始めていた。中庭を挟んで向こうに見える窓から廊下を歩く三人の姿が見えた。

横山と一ノ瀬はこの劇団のいわゆるトラブルメーカー的存在だった。

だがしかし、演技の才能はずば抜けており、この劇団には必要不可欠な存在でもあった。

あの二人が傍若無人に振舞えるのもそのあたりを理解しているからだろう。

人のいい三枝はそのせいでよく二人に顎で使われ、面倒見のいい二ノ宮はよく二人に突っかかっていた。特に二ノ宮は横山と相性が悪く、顔を合わせば口喧嘩をしていた。

若手がいなくなって、パーティルームはまた静かな雰囲気に戻った。


「――田中、また『ホスト刑事』やってくれよ~」


 同期の斉藤が完全に出来上がった様子で言った。

 ホスト刑事、というのはいつも田中が宴会の席で見せる寸劇だ。今日も披露する予定だったのだが、一ノ瀬と横山の騒動で、タイミングを逃していた。


「あぁ、今日もやるつもりでちゃんと用意は持ってきてたんだ」


 田中はすぐにスポーツバッグから、ド派手な赤のジャケットと洒落た首飾りを出して、それらを身につけ、ワックスで髪をワイルドに整える。それだけで随分とホストっぽい雰囲気を出すことが出来る。


「それじゃあ始めます。『ホスト刑事第三章 ~夕焼けはワイングラスに揺れて~』」


 十分ほどの寸劇を終え、他のメンバーとの会話をしばし楽しむと、田中はいつものように窓際の席で一人酒を飲み始めた。

 このホテルで飲むときは、いつも窓の外を見てしまう。三枝にも一度話したことなのだが、このホテルは建設のときに、この窓の配置にかなりこだわりを持っていたようで、ここから見える景色は格別なものだった。

不意に携帯電話が鳴った。三枝からの着信だった。


『田中さん、そちらはどうしてますか? こっちはやっと一ノ瀬さんが落ち着いてくれました』


 ちょうどそのとき、パーティ会場にある時計が鐘を鳴らした。見ると九時を指していた。


「そうかそうか、ありがとう。こっちはそれなりに楽しんでいるさ」

『けど少し二ノ宮さんが気分を悪くしちゃって……今部屋の前にいるんですけど、僕もそちらに戻った方がいいですか?』


 ちらりと外に見える客室廊下の窓に視線を移した。二ノ宮の部屋の前に、三枝らしき姿を見つけ、軽く手を振ってみせると窓の向こうで相手が手を振り返すのが見えた。


「――二ノ宮についていないで大丈夫そうか? 無理そうならついておいてやってくれないか」

『じゃあ、二ノ宮さんに聞いてみます。一度電話を切りますね』


 そういうと携帯電話を耳に当てたまま、二ノ宮の部屋に入っていくのが見えた。すぐにまた携帯が鳴り、今度は二ノ宮の名前が液晶に表示される。


「二ノ宮、大丈夫か?」

『――えぇ、大丈夫ですよ。三枝くんは心配しすぎなんですよ。少し休んだら大丈夫ですから』

「そうか、ならいいんだが……」

『他の人たちはどうしてますか?』


 言われて視線をテーブルへ移すと、みなビール片手に好きなものを取って食べていた。


「みんな料理に夢中だよ」

『そうですか……』


 十分ほど二ノ宮となんてことない世間話をした。


『そろそろ体調も戻ってきたので、そちらに戻ります』

「あぁ、そうか、じゃあ電話を切るよ」


 田中は電話を切り、また振り返り、窓の外の二ノ宮の部屋を見ると、二人が部屋から一緒に出てくるのが見えた。ちょうど酒を飲み終えた田中は、斉藤に呼ばれて中央の席に向かうと、三枝と二ノ宮が、パーティ会場に戻ってきた。


「お待たせしました。――あ、田中さん何ですかその格好」


 三枝は田中の服装を見て言った。田中はぐっとジャケットの裾を整えて、ホストの真似事をした。


「あ、ホスト刑事やっちゃったんですか? 僕も見たかったなぁ」

「一ノ瀬と横山が戻ってきたらまたやるよ。それまでお預けだ」


 にやりと、笑うと、二ノ宮が、相変わらずかっこいいですね、とお世辞を並べた。


「それにしても横山さん遅くないですか?」


 言い出したのは三枝だった。二ノ宮も頷いて続ける。


「そろそろ喉も渇いてくる頃じゃない? ほらいつもだったら三枝くんに何か言ってくる頃じゃ……」


 言われてみて田中も頷く。二ノ宮たちが戻ってきてからもう二時間になる。横山が出て行ってからは三時間ほどだろうか。確かにいつものいじけ稽古なら、三枝を呼びつけて、無理難題を押し付けている頃だ。


「――一応、声かけにいってみようか……」

「私は嫌ですよ。どうせ出てきませんもん」


 目が合っただけで二ノ宮がげんなりとした顔で言った。そういえば以前も二ノ宮に横山を呼ばせに行ったとき、門前払いを食らったと膨れていた。


「それじゃあ、三人で行こうか」


 そう言って、田中は二ノ宮と三枝をつれて、劇場へ向かった。

劇場の重くて厚い防音扉に手をかけると、やはり鍵がかかっている。


「これじゃあ声も届かないな。携帯にかけてみようか」


 田中は横山の番号を呼び出し、コールした。

 数度のコール音のあと、留守番電話に繋がった。


「どうかしました?」


 三枝が心配そうに覗き込んだ。


「いや、横山くんが出ないんだ」


 田中は仕方なく、念のためにフロントで借りた劇場のスペアキーを使って扉を開けた。

 劇場はしんと静まり返っていた。客席に横山の荷物が見えた。

正面奥に見える舞台がライトアップされていたが、よく見えない。


「――横山くん?」


 声をかけてみる。返事はない。ゆっくりと近づくと、途中で二ノ宮が「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。

 白のシーツにくるまれた、横山が横たわっていた。

 田中は舞台に上がり、息を呑んだ。

 真っ赤な血が白のシーツに滲んでいた。頭を割られた横山が自分の髪を力いっぱい鷲摑みにして酷い形相で絶命していた。




 田中はすぐにホテル従業員に言い、警察を呼んだ。二ノ宮にはパーティルームの人たちに待つように言い、三枝にはすぐに一ノ瀬の部屋に行くように指示した。

 その後、パーティルームに人を集め、事情聴取が始まった。

 現場に被害者のビデオカメラが残されており、その中に、金属バットを持って死体を見下ろして佇む、ロングヘアの女性の後ろ姿が映っていた。体にはシーツを巻きつけており、シーツには返り血がかかっていた。

 横山は演技の練習をするとき、ビデオカメラで演技を録画する習慣を持っており、役者仲間はみんなそのことを知っていた。

 ビデオカメラには録画時間が表示されており、時間は8時55分と示されていた。

 凶器のバットは、裏の衣装室に捨てられていた。衣装室はあらされており、衣類やウィッグ、小物がばら撒かれていた。

 その後の調べで、一ノ瀬の部屋の床に劇場の鍵が落ちているのが発見された。犯行時刻はもちろん、三枝に起こされるまで、一ノ瀬は部屋で眠っていたという。彼女のアリバイを証明するものはなにもなかったが、彼女はひたすら自分の無実を主張し続けた。




「それはずいぶんな事件に巻き込まれたものですな」


 田中が事件のことを一通り話し終えると、バーのマスターはため息をこぼした。


「本当に。でも何だって彼女は彼を殺したりしたんだろうか」

「痴情のもつれってやつでしょう。女は本当に怖いですねぇ」


 注文したカクテルを差し出され、田中は静かに一口飲む。


「本当にそうなのかなぁ?」


 ふと隣に座る女性が話に割り込んできた。


「な、なんだい君は?」


 女性は、少し酔っているのかとろんとした目で田中を一瞥し、ふわりと笑う。


「いえね、少し耳に入ってきたものだから」

「何か気になることでもあるのかい?」


 常連なのか、マスターは砕けた口調で女性に聞き返した。女性は甘みのある梅酒を一口飲んで答えた。


「どうして彼女、鍵を部屋に持って帰ったのかしら。それじゃあ自分を疑ってくださいって言ってるようなものだわ」


 言われてみればそうだ。一ノ瀬が疑われたそもそもの原因は部屋で見つかった鍵のせいだ。


「もし彼女が犯人じゃないとすると考えられるのは、そのときパーティルームにいなかった人になるわね。確かその場を離れた男女がいたんだっけ?」


 田中はこくりと頷き、しかし彼女のその言葉に反論する。


「しかし、二人は犯行の時間中、僕と話をしていた。パーティルームから窓越しに姿も確認していた」


 田中は犯行の時間中、三枝と携帯電話で話をしていた。着信履歴も劇場の時計も間違いなく九時を指していた。そしてその時間、窓の向こうには確かに細身で短髪の三枝の姿が見えた。


「女の子の方は?」

「すぐに電話を代わって、ずっと話をしていたよ。その後、二人が一緒に部屋から出てくるのも見ていたしね」


「男の子と一緒に出てくるまで、女の子の姿は見てないのよね。部屋にいると見せかけて、劇場で犯行に及んだってことはないの?」

「ありえないよ。二ノ宮くんは横山くんと随分仲が悪かった。顔を合わせれば口論になっていたし、以前彼が劇場に引きこもったときも、話をしようともしなかった。彼が練習中に彼女を劇場に入れるはずがないよ」


 田中や斉藤、三枝ならしぶしぶ劇場に入れただろうが、犬猿の仲である二ノ宮を入れるはずがないのだ。


「それにビデオに彼女の姿が映っていた。顔は分からなかったけど、腰まであるあの髪の長さは間違いなく彼女のものだよ」


 いつの間にか田中は、目の前の初対面の女性に事件のことを細かく話してしまっていた。

 すべてを聞き終えた彼女はいくつかの質問のあと、はっきりと一ノ瀬が犯人でないことを断言した。


 犯人はどのようにして、横山を殺したのでしょうか。

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