第6話猫と鈴の記憶
夏の午後、ローカル線の小さな駅に降り立った。
蝉の声が一斉に鳴き、むっとする熱気が肌にまとわりつく。
都会の喧騒に慣れきった耳に、この田舎の音はやけに大きく、でもどこか心地よい。
「わぁ……すごいね。空が広い」
隣で目を輝かせる柊に、俺は小さくため息をついた。
「お前、旅行気分かよ。……まあ、俺も久々だけど」
祖母――中野 鈴が亡くなってから、初めての帰省だった。
葬儀には出たが、その後は忙しさを理由に足を運べなかった。
家の片づけを手伝ってほしいと、母から連絡があったのも帰省のきっかけだ。
◇
中野家の門をくぐると、懐かしい木造の家が姿を現した。
少し古びてはいるが、縁側や庭には不思議と温かさが残っている。
そして、庭のあちこちには猫たちが思い思いに寝そべっていた。
「ほんとに猫が多いんだね」
柊は嬉しそうに駆け寄り、一匹の黒猫の頭を撫でる。
猫は警戒もせず、喉を鳴らして彼に身をゆだねた。
……やっぱり、こいつには猫を惹きつける何かがある。
◇
片づけを始めると、古い箪笥の奥から段ボール箱が出てきた。
中を開けると、古びた布や手紙の束に混じって、小さな首輪が現れる。
鈴は少し錆びついていたが、わずかに光を宿し、揺れるたびにチリンと音を立てた。
部屋の静けさに、その音だけが鮮やかに響いた。
俺は思わず手を止めた。
幼い日の記憶が、音とともに胸に蘇る。
祖母の膝に寄り添う白猫。その首に、確かにこの鈴が揺れていた。
「……おばあちゃん」
小さく呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。
◇
「これ……」
柊がそっと首輪に触れた。
その指先はわずかに震え、目は真剣そのものだった。
さらに、彼は箱から一冊の日記を取り出した。
ページをめくると、几帳面な文字が並んでいた。
――「白猫の柊。私の大切な子。いつも私の隣にいてくれる。」
声に出して読む柊の声も震えていた。
やがて彼は静かに、でもはっきりと口を開く。
「……これは、僕のだ」
その言葉に、俺は息をのんだ。
視線を向けると、柊は首輪を胸に抱きしめ、まっすぐにこちらを見つめていた。
「僕は……鈴さんに愛された猫だった」
鈴の音が、再び小さくチリンと鳴った。
それは、亡き祖母がまだそばにいると告げているかのようだった。
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