第6話猫と鈴の記憶

夏の午後、ローカル線の小さな駅に降り立った。

蝉の声が一斉に鳴き、むっとする熱気が肌にまとわりつく。

都会の喧騒に慣れきった耳に、この田舎の音はやけに大きく、でもどこか心地よい。

「わぁ……すごいね。空が広い」

隣で目を輝かせる柊に、俺は小さくため息をついた。

「お前、旅行気分かよ。……まあ、俺も久々だけど」

祖母――中野 鈴が亡くなってから、初めての帰省だった。

葬儀には出たが、その後は忙しさを理由に足を運べなかった。

家の片づけを手伝ってほしいと、母から連絡があったのも帰省のきっかけだ。

中野家の門をくぐると、懐かしい木造の家が姿を現した。

少し古びてはいるが、縁側や庭には不思議と温かさが残っている。

そして、庭のあちこちには猫たちが思い思いに寝そべっていた。

「ほんとに猫が多いんだね」

柊は嬉しそうに駆け寄り、一匹の黒猫の頭を撫でる。

猫は警戒もせず、喉を鳴らして彼に身をゆだねた。

……やっぱり、こいつには猫を惹きつける何かがある。

片づけを始めると、古い箪笥の奥から段ボール箱が出てきた。

中を開けると、古びた布や手紙の束に混じって、小さな首輪が現れる。

鈴は少し錆びついていたが、わずかに光を宿し、揺れるたびにチリンと音を立てた。

部屋の静けさに、その音だけが鮮やかに響いた。

俺は思わず手を止めた。

幼い日の記憶が、音とともに胸に蘇る。

祖母の膝に寄り添う白猫。その首に、確かにこの鈴が揺れていた。

「……おばあちゃん」

小さく呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。

「これ……」

柊がそっと首輪に触れた。

その指先はわずかに震え、目は真剣そのものだった。

さらに、彼は箱から一冊の日記を取り出した。

ページをめくると、几帳面な文字が並んでいた。

――「白猫の柊。私の大切な子。いつも私の隣にいてくれる。」

声に出して読む柊の声も震えていた。

やがて彼は静かに、でもはっきりと口を開く。

「……これは、僕のだ」

その言葉に、俺は息をのんだ。

視線を向けると、柊は首輪を胸に抱きしめ、まっすぐにこちらを見つめていた。

「僕は……鈴さんに愛された猫だった」

鈴の音が、再び小さくチリンと鳴った。

それは、亡き祖母がまだそばにいると告げているかのようだった。

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