第7話裏庭の扉
夕暮れがゆっくりと夜に変わる頃。
縁側に腰を下ろした俺は、うちわで顔をあおぎながら庭を眺めていた。
昼間は蝉の声でうるさいほどだったのに、今はすっかり静まり、草むらから虫の音が響いてくる。
風鈴がチリンと鳴り、涼やかな音が夜の空気に溶けていった。
「……ご主人さま」
隣に座っていた柊(しゅう)が、不意に声をかけてきた。
その視線は庭の奥――裏庭にそびえる大きな木へと向いている。
「どうした?」
「……呼んでいるんだ。あの木の下が」
俺は眉をひそめる。
子どもの頃、祖母が話してくれた伝承(でんしょう)を思い出していた。
――“裏庭の木の根元には、猫が通る扉があるんだよ”。
当時はただの迷信だと笑っていた。けれど今、柊(しゅう)の真剣な横顔を見ていると、胸がざわつく。
柊(しゅう)はすっと立ち上がり、裏庭へと歩みを進める。
俺も思わずあとを追った。
大木の根元に立った柊(しゅう)は、静かに手を当てる。
その瞬間。
空気がぴんと張りつめ、庭の猫たちが一斉に顔を上げた。
夜風が吹き抜け、風鈴がもう一度チリンと鳴る。
そして――木の根の影が揺らぎ、そこに小さな扉が浮かび上がった。
古びて苔(こけ)むしているのに、どこか懐かしい光を帯びている。
「……やっぱり、あったんだ」
柊(しゅう)の耳と尻尾(しっぽ)がふわりと現れ、その瞳が金色にきらめいた。
「ここが、猫の国への入口」
そう呟く声は、震えているのに不思議と確信に満ちていた。
彼は振り返り、俺に手を差し伸べる。
「行く? ご主人さま」
俺は思わず息をのむ。
目の前の扉の向こうに広がるものを想像しながら――答えを出せずに立ち尽くしていた。
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