第5話ご主人さまは嫉妬する?
「ご主人さま!」
「おい、外で呼ぶなって言っただろ!」
朝の通勤路。隣を歩く柊(しゅう)は、わざとらしく大きな声で俺を呼ぶ。
俺は慌てて周囲を見回したが、幸い誰も気にしていないようだ。
「いいじゃん、ご主人さま。僕は本気なんだよ?」
「外で言うなって……近所に変な噂(うわさ)立つだろうが」
「ふふっ、でも陽介(ようすけ)が赤くなってるの、僕は好き」
こいつ、わざとやってる。
朝から振り回されて、すでに会社に着く前に疲れを感じていた。
◇
休日。柊(しゅう)が「カフェ行きたい」と言い出したので、近所の店に連れていった。
カウンター越しに笑顔を向けてきた店員の女性が、柊(しゅう)を見て微笑む。
「可愛い彼氏さんですね」
その一言に、心臓が跳ねた。
柊(しゅう)は照れもせず、にこりと人懐っこい笑みを返す。
「ありがとうございます」
……なんだ、その笑顔は。
胸の奥がざわつく。今まで感じたことのない感情に、思わず舌打ちしそうになる。
「柊(しゅう)」
「ん?」
「……俺のご主人さまだろ」
気づけば、口から勝手に出ていた。
自分で言っておいて顔が熱くなる。
柊(しゅう)はきょとんとしたあと、ぱあっと笑顔を弾けさせた。
帰宅後。
ソファに座った柊(しゅう)の耳が――ピョコンと飛び出した。
「お、おい!」
「……ごめん。抑えられなかった」
そのとき、頭の中に声が響いた。
(……陽介(ようすけ)が嫉妬(しっと)してくれるなんて、嬉しい)
「っ……!」
俺は思わず顔を背(そむ)ける。
柊(しゅう)は照れくさそうに笑いながら、尻尾(しっぽ)をぱたぱたと揺らした。
「ご主人さまが、僕だけを見てくれるなら……僕はもっと頑張れる」
その言葉が胸に刺さる。
……こいつ、本気で俺を――?
思考がまとまらないまま、俺は視線を逸(そ)らした。
けれど柊(しゅう)の笑顔が、やけに眩しくて。
――ただの同居人だと、言い聞かせてきたのに。
心のどこかが、音を立てて崩れ始めていた。
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