第5話ご主人さまは嫉妬する?

「ご主人さま!」

「おい、外で呼ぶなって言っただろ!」


朝の通勤路。隣を歩く柊(しゅう)は、わざとらしく大きな声で俺を呼ぶ。

俺は慌てて周囲を見回したが、幸い誰も気にしていないようだ。


「いいじゃん、ご主人さま。僕は本気なんだよ?」

「外で言うなって……近所に変な噂(うわさ)立つだろうが」

「ふふっ、でも陽介(ようすけ)が赤くなってるの、僕は好き」


こいつ、わざとやってる。

朝から振り回されて、すでに会社に着く前に疲れを感じていた。



休日。柊(しゅう)が「カフェ行きたい」と言い出したので、近所の店に連れていった。

カウンター越しに笑顔を向けてきた店員の女性が、柊(しゅう)を見て微笑む。


「可愛い彼氏さんですね」


その一言に、心臓が跳ねた。

柊(しゅう)は照れもせず、にこりと人懐っこい笑みを返す。


「ありがとうございます」


……なんだ、その笑顔は。

胸の奥がざわつく。今まで感じたことのない感情に、思わず舌打ちしそうになる。


「柊(しゅう)」

「ん?」

「……俺のご主人さまだろ」


気づけば、口から勝手に出ていた。

自分で言っておいて顔が熱くなる。

柊(しゅう)はきょとんとしたあと、ぱあっと笑顔を弾けさせた。


帰宅後。

ソファに座った柊(しゅう)の耳が――ピョコンと飛び出した。


「お、おい!」

「……ごめん。抑えられなかった」


そのとき、頭の中に声が響いた。


(……陽介(ようすけ)が嫉妬(しっと)してくれるなんて、嬉しい)


「っ……!」

俺は思わず顔を背(そむ)ける。

柊(しゅう)は照れくさそうに笑いながら、尻尾(しっぽ)をぱたぱたと揺らした。


「ご主人さまが、僕だけを見てくれるなら……僕はもっと頑張れる」


その言葉が胸に刺さる。

……こいつ、本気で俺を――?


思考がまとまらないまま、俺は視線を逸(そ)らした。

けれど柊(しゅう)の笑顔が、やけに眩しくて。


――ただの同居人だと、言い聞かせてきたのに。

心のどこかが、音を立てて崩れ始めていた。

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