あの夏の日の思い出

織田 クトルフ

あの夏の日の思い出

 突発的に不眠症が炸裂してしまったので、しょうもない話を一つ。もう三十年くらい前の話を、記憶を頼りに書いておりますので、多少フィクションが入っているかもしれません。


 あれはまだ、私が中学生だった頃。超を二つ、三つくらい付けてもまだ足りないような田舎に住んでいた私の、夏休みの定番の過ごし方といえば、『川で泳ぐ』でした。


 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、プールと違い、川の水というのは猛烈に冷たい。特に、私が住んでいた田舎の川は、ほぼ源流といってもいいような水が流れており、そのあまりの冷たさに、都会から来た子が興味本位で入ると、5分で音を上げる――そんな代物でした。


 ある暑い夏の日。いつものように、友人三人と連れ立って川へ遊びに行った私。最初は冷たくて気持ちいいのですが、10分、20分と時間が経つにつれ、『我慢大会』の様相を呈してきました。とにかく、心臓が止まりそうなほど冷たいのです。


 そんな中、友人の一人、K氏が言いました。どうすればこの冷たさに打ち克つことができるのか、と。


 そんなの、手や足を動かして、体の中に熱をつくればいいんじゃね? と私が答えると、『それはもうやってる』と、ごもっともな答えが。すると別の友人が、会話をしていると冷たさが紛れると言い――その言葉を聞いて、K氏は閃きました。


「笑えばいいんじゃね? だってほら、笑うと熱くなるだろ?」


 しかし、笑えばいいって言われても……ですよ。人間、何かしらネタがないと笑えないし。


 いやいや、笑えるネタの一つや二つ、何かあるだろ? とK氏に催促され、頭を捻ってはみたものの、何も思いつかない。当たり前です。プロの芸人だって黒柳徹子さんに同じことを振られて困るって言ってんのに、こっちは素人。できるはずもないのです。


「まったく、使えねえ」


 K氏は吐き捨てるように言い、おもむろに水着を脱ぎ始めました。お前、何やってんの? と私が尋ねると、K氏は爽やかに笑い、溌剌はつらつとした声で、こう答えました。


「とりあえずチ〇ポだ! チ〇ポを出せば大概楽しくなる!」


 正しいんだか正しくないんだか、よく分からない理論。しかし、友人の一人が、K氏のチ〇ポ理論に同調し、全裸に。


 二対二。これは、非常にまずい状況です。何故なら、もう一人の友人が脱いでしまったら、『公共の場では全裸にならない』という当たり前の感覚を持った私が、『気取り屋』みたいになってしまうから。


 脱ぐなよ、の視線を送っていましたが、残念ながら伝わらず、あっという間に三対一に。同調圧力に負けた私は、仕方なく水着を脱ぎ捨てました。


 さて、この辺で、私たちが泳いでいる『川』について説明しましょう。ここは、県下有数の有名キャンプ場のすぐ近くにあり、夏になると、都会からたくさんの人たちが、避暑を求めてやってくる場所です。さすがに、そのキャンプ場の『中』ではないのですが、それでも、散歩コースの一部と重なっている場所であり、近くの道を、キャンプ場のお客さんたちが何十組と通過していくんですよ。


 不安になった私が、『見られてないかな?』と尋ねると、K氏は自信満々に答えました。


「何言ってんだよ。考えてもみろって」

「考えるって、何を?」


「あの道、ここから何メートルも上にあるだろ? ということはだ。水面で光が反射するから、水の中までは見えねえんだよ」

「そういうもんか?」

「全反射だよ全反射。習っただろ? 屈折角がどうのこうのって」


 K氏はこんな感じですけど、意外にも成績優秀。特に、数学は学年ナンバーワン(田舎の公立中ですけど)。そいつが自信満々に答えたのだから、それなりに根拠があるのだろう。そう考えた私は、チ〇ポ理論で頭がおかしくなっていたこともあり、そのまま全裸水泳を続けました。


 さて、いくらハイになっていても、熱が移動するという単純な物理現象までは変えることができません。疲れていたこともあり、休憩がてら、キャンプ場内に併設された売店へ自転車で行くことに。水着を履いて川から上がり、Tシャツを着て、川岸から道路へと続く、けもの道を上る。道路に着いた私たちは、『今日のこと、学校の奴らには内緒だぜ!』などと、まるで重大な秘密を抱えたギャングのグループのように言い合いながら、自転車に跨りました。そのとき――


「あっ」


 ぽつりと、K氏が呟きました。目は虚ろ、口は半開き。まるで魂が抜けたようなその表情に、私を含めた三人は、言いようのない不安を覚えました。


「何? どうかした?」

「見える……」


「見える?」

「見えるって、何が?」


 いったい、K氏は何を見たのか。私たちの視線を集めていることに気付いたK氏は、ゆっくりと指を下に向け――こう答えました。








「川底」

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