青春外男子は騙されない。

さねざね

第1話 青春なんて


青春とは、誰もが平等に手に入れられる宝物……などではない。

そう信じられるのは、教室の中央に座って笑える人間だけだ。

俺のように端っこで空気を吸っているだけの人間には、最初から配られない仕組みになっている。


じゃあ、努力すればいいのか? 笑顔を作って、ノリに合わせて、無理して会話に混ざれば青春は訪れるのか?


答えはノーだ。そもそも青春なんてものは、努力で掴むものじゃなく、選ばれた側に勝手に降ってくるものだ。

残念ながら、俺の頭上には一滴も降ってこなかった。いや、そもそも雲さえ浮かんでいなかったのかもしれない。


それでも世の中は「青春は素晴らしい」と言い続ける。大人達は自慢混じりに語り、雑誌はキラキラした写真で飾り立て、ドラマやアニメはありもしない奇跡を連発する。


欺瞞だ。幻想だ。詐欺だ。


だが、その嘘に酔えるやつだけが、青春を「楽しんだ」と胸を張れるのだろう。


そして俺は、その輪の外から冷めた視線を投げる。


羨ましい? いや、羨ましいはずがない。むしろ滑稽で、安っぽくて、割引セールの笑顔みたいに胡散臭い。

そう言い聞かせながら、今日も俺は教室の隅で物語の外に立ち尽くしている。

 

「じゃあ、自己紹介してもらおうか」


担任の号令で教室がざわついた。

四月の始まり、まだ教科書も揃っていない時期。こういう儀式めいたものが必ずある。


「じゃあ出席番号順で」


空気が一瞬、緊張に変わった。

自分をどう売り出すか、みたいな視線が教室を飛び交う。


最初の男子が立ち上がる。


「えっと、〇〇中出身の〇〇です。サッカー部に入ろうと思ってます! よろしく!」

「おー!」


男子の何人かが拍手して盛り上げる。


……出たよ。自己アピールに青春ノリ。俺は机に頬ずえを立てて聞き流した。


次々と自己紹介は進む。


「趣味はカラオケです」

「休みの日はゲームしてます」

「彼女欲しいです!」


笑いが起きたり、微妙にスベったり。

俺には茶番にしか思えない。


やがて、その番が来た。


「はーい! 桜井 陽菜さくらい ひなです! えっと、趣味はお菓子作りと……漫画読むことです! あ、あと運動も好きです! よろしくお願いしまーす!」


元気いっぱいに頭を下げる。

声のトーンから仕草まで、まるで小動物。

クラスがぱっと明るくなり、笑いと拍手が自然に起こった。

「可愛いな」なんて囁く声まで聞こえてくる。


陽だ。


眩しすぎて、細かい事は焼き払うみたいな。

こういうタイプが、結局はクラスの中心で輝くんだろう。




続いて呼ばれたのは、対照的なもう一人。


椅子がきしむ音。

すらりと立ち上がったのは、一人の女子。


白鳥 紗良しらとり さらです。趣味は読書です。……以上」


静かに、それだけ言って席に座った。

短い。だが、凛とした空気が残った。

整った顔立ち、姿勢の美しさ、落ち着いた雰囲気。

それだけでクラスが一瞬黙り込み、次に小さなどよめきが起きた。


高嶺の花。


言葉少なでも、それだけで人を引きつける。

でも彼女の瞳は、誰とも交わろうとしない冷たい湖のようだった。


俺とは違う形で、物語の外にいる人間。

順番は進み、やがて俺の番が来る。


「……如月 葵きさらぎ あおい。〇〇中学出身。趣味は特にないです。以上」


教室に微妙な沈黙が落ちた。

笑いも拍手もない。

だがそれでいい。

俺は最初から期待していない。

このクラスの物語に関わるつもりもない。


担任が締めの言葉を述べ、自己紹介は終わった。

やっと解放されたと息を吐く。


ふと視線を横にずらすと、斜め前の席に桜井が、その付近には白鳥が座っていた。

どちらも俺の視界に入る距離。

俺は机に肘をつけ直し、心の中で呟いた。


……面倒な予感しかしない。


そうして、高校生活の幕は上がった。

物語の外に立つはずの俺を、舞台の光がかすかに照らし始めていた。

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