第9話 新しい職場

「いってらっしゃい」

「行ってくるわね。無理しないように」


 副団長を見送ってから、出かける。

 家の近くの飲食店と雑貨屋、食料品店は全部聞いてみた。

 今日は家の周辺を越え、馬車乗り場まで歩いてきた。

 母の墓参りに行くときに、宿屋を見た気がしてもう一度探してみる。十分ほど周辺を探してやっと見つけた。

 三階建ての建物の宿屋で、受付に行くと中年の女性が対応してくれた。


「あの、お仕事を探してまして、私を雇っていただけませんか?」

「え?ここで働きたいの?いいの?」

「はい。ぜひ!」


 話はとんとん拍子に進んだ。

 娘さんが結婚して出て行ったため、部屋が空いているので住み込みでも大丈夫ということ。仕事内容は主に洗濯、部屋の掃除、給仕。私でも出来そうな内容だった。


 来週から働くことを決め、私は帰宅した。

 もちろん、買い物も済ませた。

 時間がかかってしまったため、今日はパンを焼くことができず、じゃがいもを蒸かす。奮発して買った骨付き肉を焼いた。

 仕事が見つかった。

 これで、自立だ。

 副団長が戻ってきて、食事が終わると私は直ぐに切り出した。


「仕事が決まったの?え?来週?」


 副団長は驚いていた。


「あの、宿屋のお仕事で、私でもできる仕事なんです。娘さんが使っていた部屋を使わせてもらえるし、心配ありません」

「来週って、早すぎだわ」

「そうですか?」


 早すぎなのか。

 でも荷物もほとんどないし……。

 あ、私がいなくなったら家事をする人がいなくなくなる。

 新しい人を雇わないと。

 考えていなかった。


「すみません。新しい人を雇う必要があることを忘れてました。新しい人を雇ってから、出ていきます」

「必要ないわ。だって、私は別の人と住むことはないもの」

「え?でも、家事は」

「家事はできるわ。最悪屋敷から人を寄越してもいいし。食事も軍で取ることもできるから」

「え?それなら、私って」


 必要ない存在だったのでは?


「アノン君。このまま一緒に暮らすのはだめなの?嫌なの?」

「嫌じゃありません。ただご迷惑をかけたくないのです」

「迷惑……そうなのね。いいわ。来週から、新しいところで働きなさい。私のことは心配しなくても。ただ、一度ご挨拶にいってもいい?新しい雇用主へ?」

「挨拶?え?」

「挨拶させてくれなきゃ、ずっと一緒に暮らしてもらうわよ。あなたが嫌って言ってもね」

「あの、嫌じゃなくて、」

「迷惑、だって思ってるんでしょう?」

「違うんです。私じゃなくて」

「いいわよ。アノン君。とりあえずあなたの新しい雇用主に挨拶だけはさせてね。馬車乗り場の近くなんでしょ?」

「はい」


 副団長に強引に言われ、翌日の夕方、一緒に宿屋に行くことになった。

 宿屋のおじさんとおばさんは困っていて、なんだか申し訳なくなった。だけど、考えは変えなさそうでよかった。新しい職場を失うのは辛い。


「善良な夫婦だったわね。これは安心だわ。でも寝るときは必ず鍵をかけるのよ。わかった?」

「はい」


 副団長はやっぱり心配症だ。

 こうして、私は宿屋に引っ越し来週から働くことになった。


 宿屋の朝は早い。

 久々に軍時代を思い出して、働いた。

 一日が終わり疲れたけど、達成感があった。

 一週間働けば仕事を大体覚えることができた。一つの仕事、例えば部屋の掃除もやり方を覚えて、早く終わらせることができる。


「アノン君。お客さんよ」


 屋上で洗濯物を取り込んでいると女将さんがやってきた。


「あの綺麗な軍人さんよ」

「え、副団長ですか?」


 慌てて洗濯物を籠に入れて、私は女将さんを追って一階に降りる。


「アノン君。お久しぶり。元気?」

「副団長」


 一週間ぶりにみた副団長は口調は一緒だけど、少し疲れているように見えた。


「あの大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」

「アノンちゃん。しばらく大丈夫だから、その軍人さん」

「えっと、私はジル・エルガードです」

「エルガードさんね。アノンちゃんと夕食でも食べる?今は空いているから、ゆっくり話でもしたらいいわ」

「ありがとうございます」


 私よりも副団長は早く返事をしてしまった。

 いいのかなっと女将さんを窺うと満面の笑みで頷かれた。


「美味しい」

「ですよね。私このスープ大好きなんです」


 二人で食べたのは特製のミルクスープで、この宿の定番メニューだ。一階の食堂は泊客以外にも開放しているので、お昼は満席になることもある。大体みんなのお目当てはこのミルクスープだったりする。


「元気そうでよかったわ」


 副団長は笑っていたけど、やっぱりちょっと疲れているみたいだった。


「お仕事大変ですか?何か問題が起きてますか?」

「ううん。そんなことないわ。自分の問題。こうしてアノン君と一緒に夕食食べて元気になったわ。また来ていいかしら?」

「ええ、ぜひ」


 私よりも早く女将さんが答えた。

 

「ご馳走様でした」


 いらないというのに、副団長はスープの代金を払ってから帰っていく。

 その背中がなにか猫背みたいに丸まって見えた。

 大丈夫かな。


「アノンちゃん、心配かい?」

「ええ」

「あれはねぇ。でもエルガードさんは貴族様なんだろ?」

「はい」

「それじゃあ、やめたほうがいいね。さあ、アノンちゃん、またひと頑張り頼むね」

「はい!」


 私が通常の男性よりも力があることは女将さんや旦那さんに喜ばれる。

 最初は重いものを持たせてくれなかったのだけど、私が小麦粉の袋などを持ち上げるのを見て、考え方を変えてくれたみたい。

 未来はどうなるかわからない。

 だけど、ここにいれば私は副団長には迷惑かけず、生きていくことができるはずだ。副団長には小さい時の私のことなど忘れ、幸せになってほしい。

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