第10話 スカーレット様のお兄さん

 あれから一か月過ぎた。

 副団長は週一で来てくださって、ちょっと心配になる。

 無理していないか聞いたけど、全然と言っていた。

 うーん。

 なんか元気なさそうなんだけど。


「ごめんなさい。アノンちゃん」


 ある日、女将さんと旦那さんが手をついて謝ってきた。


「どうしたんですか?」

「あの、娘が戻ってくるのよ。なんか嫁ぎ先で問題があったみたいで。それで」


 女将さんの言いたいことはわかった。

 私は娘さんの代わりに雇ってもらったみたいなものだし、娘さんが戻ってきたら、私は必要なくなるのだろう。


「大丈夫です。あの、次の行き先が見つかるまで、働かせてもらってもいいですか?できるだけ早く見つけますから」

「もちろん。っていうか、あの軍人さんのところへには戻らないのかい?あちらで使用人をしていたんだろ?」

「いえ、迷惑をかけたくないんです」

「迷惑なんて思っているのかねぇ」

「女将さん、旦那さん、もうしばらくお世話になります」


 後1か月で、新しい仕事先。

 どうしようかな。

 でも副団長には迷惑をかけたくない。

 新しい行き先が決まってから話そう。


「アノンちゃん、ちょっといいかい?」


 一週間後、女将さんに声をかけられ、もう娘さんが戻ってくるのかと驚いた。けれどもそれは違い、私の新しい働き先のことだった。


「私はトビアス・サンダリア分隊長だ。スカーレットの兄だ」


 女将さんに呼ばれて食堂に行くと、スカーレット様のお兄さんがいた。

 本部では見たことない顔だった。

 けれども私が軍にいたのはわずかな間。しかもその内三か月は国境だ。知らない人の方が多い。


「あのアノンです。よろしくお願いします」


 平民の私に苗字はない。


「なるほどな。どうみても少年だ」

「はあ、ありがとうございます」


 そこで礼をいうか迷ったけど、言ってみた。

 この方は何のためにいらしたのだろうか?


「君を軍で再雇用したい」

「はい?」


 私は危うく処罰されるところだったのを、辞職願を早く出した事、副団長の功績があって、免れたのだけど。


「不思議がるのも仕方ない。我が軍で、ある作戦を決行する予定だ。君にそこに参加してもらいたい。ここで話をする内容でもない。明日軍に出頭してほしい。もちろん、迎えに来る」

「了解いたしました」


 軍時代の癖で敬礼してしまった。

 笑われるかと思ったけど、スカーレット様のお兄さんは冷たい視線を向けるだけだった。

 スカーレット様は表情豊かで炎みたいだけど、お兄さんはまるで氷のよう。髪と目の色彩は一緒なのだから不思議だ。


 もし副団長がきたら、話そうかと思ったのだけど、その日、副団長は来なかった。一週間に一度、いつもは来るはずだったのだけど……。まあ、そんな日もある。きっと。


 翌日、軍の関係者、これまた面識がない兵士がやってきて、馬車に案内された。そうしておよそ二か月振りに軍の本部へ戻ってきた。

 待合室で少し待たされた後、個室へ案内される。

 そこにはスカーレットのお兄さんともう一人顔に傷があるいかつい軍人、私でも知っている、大隊長がいた。


「座れ」


 大隊長にそう言われ、恐る恐る腰かける。


「お前は以前母親を敵の司令官に殺されたようだな」

「はい」


 なぜ、その情報を。

 吐きそうな思いと疑問が同時に沸き起こる。


「戦いは終わっていない。奴らはまだ我が国を侵略するつもりだ。そこで、お前には重要な任務を頼みたい。隣国へ侵入し、戦争を推進する軍務大臣を殺してほしいのだ。宗教上、我が国と隣国は相いれない。しかし、以前はお互いに不可侵を保っていた。だが、アスリエル教の一派が軍務大臣を務めるようになってから、変わってしまったのだ」


 とても重要な話を私にされている。

 なぜ、私が?

 軍歴もない、軍での成績もよくない、新兵だった私。

 そんな私に大隊長が声をかけるのが不思議だった。


「君の容姿は、隣国の軍務大臣が好むものでな。君であれば、隣国の軍務大臣に接触できる気がする」

「私の容姿?」


 黒髪に黒い瞳。

 確かに珍しい。でもカール様も黒髪で、他にも黒い瞳の者はいる。


「エルガードが殺した司令官はお前を殺さずとらえたそうだな。髪色と目の色が好みだったか?」


 言われた瞬間、奴の顔を思い出した。

 気持ち悪い。

 反射的に口を押えてしまう。


「軍務大臣は、司令官の兄だ」


 奴の兄……。


「軍務大臣を殺せば、戦争は終わる。身内を殺される者がいなくなる。わかるか?」


 大隊長の言うことはわかる。

 国境軍の働きで隣国を押さえているけど、また破られる可能性がないとも言い切れない。

 戦争推進派の軍務大臣を殺せば、勢いはなくなる。もしかしたら、その以前のように不可侵が守られるかもしれない。


「私などに、その任が務まるのでしょうか?」


 気が付いたらそう言っていた。

 性別まで偽って軍に入ったのは奴を殺すため。

 副団長に仇を討ってもらった。だけど戦いは終わらない。

 それなら、終わらせる努力をする必要がある。

 私にできるなら。


「わしがお前を鍛えてやる。その道に詳しい者にも指導させる。聞けば、単独で司令官に迫ったようじゃないか、それができれば、この役目果たせるだろう」


 大隊長が笑う。

 私は、奴を殺して死ぬつもりだった。

 戦争を終わらせることができれば、この命惜しくない。

 そうだよね。母さん。


 母の顔の後に、副団長の顔が脳裏に浮かんだ。少し怒ったような顔をしていた。

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