第8話 自立しよう!

「いってらっしゃい」

「行ってくるわね」


 母の墓参りで、副団長がなぜ私に優しいのか、理由がはっきりした。

 だから、私は自立を目指す。

 いつまでもお世話になっているわけにはいかない。

 兵士としてずっと働くつもりだったので、孤児院では何も考えてなかった。

 心配性すぎる副団長を説得して、彼を見送った後は、街に出かけることにした。私の自立先を探すためだ。


「すまないねぇ。人は足りてるので」


 まずは雑貨屋で人出で足りていないか聞いた。けれども断られ、果物屋にも聞いてみたけど、ダメだった。

 職探しから三日が足ったある日、スカーレット様を街で見かけた。

 もちろん、カール様も一緒で、私の姿を見るとすぐにやってきた。


「なんで家にいないの?」


 スカーレット様は開口一番でそう言い、私は職探しを諦め、副団長の家を戻った。お菓子を持ってきていただいたみたいで申し訳ない。


「副団長はいないのですが……」

「知ってるわ。私はあなたに会いにきたの」

「そうですか」


 スカーレット様は私の入れたお茶が好きらしい。

 とても嬉しい。

 持ってきていただいたお菓子は、薄い生地を何度も重ねたパイ菓子だった。

 ホロホロと崩れるけど、とても美味しかった。

 もちろん、副団長の分は別途に保管。

 

「それで、どうして街をうろうろしていたの?迷子?」

「ち、違います」


 迷子に思われていたなんて恥ずかしい。


「なら、どうして?」

「あの、仕事を探してまして」

「どうして?ギルから給金いただいてないの?」

「いただいてます。それは十分すぎるほど。家まで住まわせていただいているのに、申し訳なくて。やはり自立をしたほうがいいと思っているのです」

「自立?どうして?ずっと一緒に暮らすのでしょう?」

「と、とんでもありません。私は一時的に副団長のお世話になっているだけなんです」

「一時的?ギルがそう言ったの?私にずっと一緒に住む予定って言っていたわ。酷い」

「あ、あの!多分、私のことが心配なので、一生面倒を見てくださるつもりだとは思うのです。でも、それはとても申し訳なくて」


 事情は話せないので、よくわからない説明になっていると思う。


「よくわからないけど。ギルはどう思うかしら」

「きっといい気分ではないでしょうね。職を探していることを言いましたか?」


 スカーレット様の言葉の後に、カール様が質問してきた。


「はい。ちょっと嫌そうでした。でもやはり迷惑はかけたくないのです」

「ギルはそう思っていないわ。私のことは迷惑そうだけど」


 スカーレット様が目を吊り上げる。

 赤い髪も少し逆立って気がして、怒った猫みたいで可愛かった。

 あ、人が怒っているのに失礼なことを。


「あの、それは多分、私は男枠だからです。スカーレット様のように女性らしくないですから」

「女性らしい?やっぱり?私、そうよね?」

「そうです」

「そうでございます」


 私の答えにカール様が勢いよく被せてきた。


「本当、ギルは厄介な性格だわ。昔はもっと違った気がするのだけど」

「そう言われてみればそうかもしれません」

「昔って、どれくらい前なんですか?」


 嫌な予感がして、聞いてしまった。


「えっと十年前くらいかしら。軍に入ってから変わってしまった。やっぱり軍は人をおかしくするのね。お兄様もそうだし」


 十年前。

 軍に入ってから。

 もしかして、私のせいかな。

 あの時の副団長は、綺麗だったけど、女性的要素がなかった気がする。


「お邪魔したわね。また来るわ。仕事先なんか探さなくていいと思うわよ」


 一時間ほど話されてから、スカーレット様はカール様と帰って行かれた。

 スカーレット様は事情を知らない。

 副団長は多分、私のことを自分のせいだとか、そんな風に誤解しているかもしれない。もしかして、女性的になったのも、私が何らかの影響を与えてしまったかもしれない。

 やっぱりここにはいられない。

 早く自立しないと。


 スカーレット様とカール様が使われた食器を洗って、夕食の準備にかかる。明日はもう少し遠くに行って仕事を探すのもいいかもしれない。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 副団長が戻られ、私が出迎える。

 この流れも随分慣れてきた。

 副団長は私の顔を見ると微笑む。

 とても綺麗で眩しい。

 見惚れるわけにはいかないので、顔を逸らしてから、着替えを促す。

 

 食事は二人でいつも取る。

 たまに葡萄酒を一緒に飲んだり、副団長との暮らしはとても幸せだ。だけど、それは正しくないことだ。

 私は副団長の人生を邪魔している。 

 本当は副団長は女性のことも大丈夫で、スカーレット様とも婚約を続けられたかもしれない。

 私と十年前に会わなければ。

 私が母の死で我を失い、彼を詰らなければ……。


「アルノ君?大丈夫?何か悩み事?仕事なんか探さなくてもいいから。一生一緒に暮らしていけばいいのよ」

「それはだめです。副団長」

「どうして?」

「ご迷惑をかけたくありません」

「迷惑なんて感じたこともないわ」

「それは私への罪悪感からきているのでしょう。多分。だから」

「罪悪感?そんなもの。あなたのことを調べて、出自がわかってからは罪悪感を覚えたこともあるわ。でもそれはしばらくの間だけで、そのうち、あなたのことを守りたくなったのよ。罪悪感からではないわ」


 副団長は嘘はついてないだろう。

 だけど、私はただお世話になって、重みになりたくない。

 そう迷惑をかけたくないのだ。

 いくら迷惑じゃないと言われても。

 いつか、彼が一緒に住みたいと思う人がいたりして、私はいたら邪魔になる。そんなの嫌だ。


 「ありがとうございます。でもやっぱり私、自立したほうがいいと思うのです。副団長も以前私がしっかりするまで、ここにいなさいって言ってましたし」

「アノン君」

「しばらくまだお世話になります。美味しい食事を用意できるように頑張ります」

「あまり無理しないでね」

「はい」


 副団長は少し呆れている様子だったけど、別に嫌そうじゃなかった。カール様の指摘とは違う。カール様はやっぱり何か勘違いしている。

 明日は少し遠くまでいって、仕事を探してみよう。


 

 

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