第7話 副団長が優しい理由
「お邪魔するわ」
午後突然、スカーレット様が訪ねてきた。
カール様も一緒だ。
「あの、スカーレット様。副団長は不在です」
「知ってるわ。あなたに会いに来たの。火傷に効く薬も持ってきたから」
「ありがとうございます」
やっぱりスカーレット様はいい人だな。
「なに?微笑んでるの?私の事嫌いじゃないの?」
「どうしてですか?」
「変わった人ね」
スカーレット様は溜息をつかれる。
お二人はお茶を美味しく飲んでくださり、私にいくつか質問すると帰ってしまわれた。
なんだろう?
帰り際にスカーレット様から来たことは秘密にと言われてしまった。
胸が痛い。
副団長に嘘は付けない。
何も聞かれませんようにと、夕食の準備をしていると副団長が戻ってこられた。
「美味しそうな匂いね」
「ありがとうございます」
「あら?今日、誰か……。スカーレットが来た?」
「え?どうしてわかるのですか?」
「やっぱりね」
「え?え?」
「鎌をかけてみたのよ。この家のことを知っているものは少ないし、あなたが平然としている相手なんて、限られるでしょ?」
「はあ」
ああ、秘密って言われたのに。
「なにか困ってる顔ね。あ、きっとスカーレットが秘密にしろとか言ったんでしょ?」
「なんで、わかるんですか?!」
「あの子のことならわかるのよ」
やっぱり元婚約者だから、なんでも理解しているのかな?
婚約者ってことは、やっぱり同じ貴族様だよね。
「あの子のことはいいわ。さあ、食べましょう」
「副団長。先に着替えますか?」
「手伝ってくれる?」
「え、あの、えっと」
「冗談よ。着替えてくるから、準備しててね」
戸惑っている間に副団長は部屋に戻って行かれた。
……非常に困る。
冗談かわからなくなるから。
って、冗談じゃないってなんで考えないんだ。
私は。
それじゃまるで期待しているみたいじゃないか。
期待……。
考えない。
考えない。
「お待たせ~」
副団長が動きやすいシャツとズボンの姿に着替えていた。シャツは襟の部分がレースになっていて、団長にものすごく似合っている。
「どうかした?」
「あの、そのシャツ。とてもお似合いです」
「そう?可愛い?あなたも欲しい?」
「いえいえ、そんなとんでもないです」
「遠慮しないの。お揃いって楽しそう。今度寸法は計りにきてもらいましょう」
「そこまでして頂かなくても大丈夫です」
「そう?」
副団長はとても残念そうだ。
だけど、お揃いの服とか着た日には私は死んでしまうかもしれない。
「美味しかった。ありがとうね」
「いえ、こちらこそ」
今日の夕食は昨日購入したものを煮こんだスープとパンにした。
明日は買い物に行かないといけない。
パン作りもしてみたい。
「アノン君。明日あなたのお母様のお墓詣りにいきましょう」
片づけをしようとしたら、そう言われて、お皿を落しそうになった。
それを慌てて支えたのが副団長だ。
「驚かせてごめんなさいね。行きたいのだろうと思って」
「はい!行きたいです。行かせてもらえますか?」
「もちろんよ。私も行くつもりだから」
「副団長も?」
「ええ。明日は休みをとってあるから」
「そんな、私一人で大丈夫ですから」
短い間だけど軍で鍛えた。
その辺の女性とは違う。
並みの男より強い自負がある。
「私も行きたいの。お願い」
「わかりました。すみません」
「もう、謝らないでいいから。帰りは買い物して帰りましょう」
「はい」
そうして明日の予定が決まった。
☆
馬車に揺られ二時間、母が眠る場所へ戻ってきた。
十年前のあの日、私の住んでいた村は襲われ、母があいつに殺された。
他の村の人々同様、私の母も眠っている。
生まれた時から父がいなかった私に村の人々は優しかった。
十年前、国境を突破され、二万の敵兵が入り込んだ。
国境に配備されていたのは当時一万で、兵士は蹂躙され、敵兵は国境近くの私の村を襲った。
あれ以来、国境を突破されていない。
みんな頑張っていた。
私も、あの場所でもう少し頑張っていたかった。
本当なら。
「お母さん。あいつが死んだよ。副団長に仇をとってもらったんだ」
十字に立てかけた木製の板が、母の墓標だ。
他のみんなも同じような墓標だ。
生き残った村人は散り散りになった。
私と同じ孤児院に入ったのは誰もいなかった。
「アノン君。話があるの。聞いてくれる?」
祈りを終わり顔を上げると、すぐそばに副団長がいた。
何か緊張しているような、初めて見る表情だった。
「なん、でしょうか?」
「お母様の墓標の前で告白するわ。十年前、私もそこにいたの。当時十四歳の私は、父に連れられて初の出兵だった。間に合わなくてごめんなさい。もし私たちが間に合えば、あなたのお母様は死ななくてすんだわ」
記憶が蘇る。
私は一人の少年兵に抱きついて泣きじゃくった。
どうして早く来なかったのかと何度も詰った。
少年はその美しい青い瞳から涙を流していた。
「アノン君」
少年の瞳と、副団長の瞳が重なる。
どうして、私は思い出さなかったのだろう。
こんなにも一緒なのに。
「ごめんなさい」
副団長はあの時と同じように謝る。
「副団長。謝る必要がありません。軍に入り、あの時のことを調べました。あの時すぐに本部から増強の軍が送られたと知ってます。最短で、到着したことは知っています。詰ってすみません」
私は深く副団長に謝った。
きっと私は彼を傷つけたしまった。
あの時。
「ううん。私はあなたの嘆き、村の惨状を目で見て、やっと現状が理解できたの。それまで私は実際に起きていることを知らなかったから」
副団長は少し恥じるように目を伏せる。
「あなたのことを私が責任をもって面倒見るわ。だから安心して」
「いえ、副団長。あなたはもう十分にしてくださいました。もう小さい頃の私の言葉に惑わされないでください」
この人はきっと罪悪感を抱えていたんだ。
私に親切にしてくれたのも、きっと罪滅ぼしの意識から。
もうそんな必要はない。
副団長は沢山のことを私にしてくれた。
もう十分。
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