第6話 それは考えちゃいけない

「じゃあ、もう来なくていいから」


 副団長と話した後、スカーレット様は元気をなくされ、帰っていった。カール様が心配そうにしている。

 カール様は使用人のような立場なのかな?

 それでもスカーレット様を好きだとか……。

 ふっと、何か心をよぎって、私は感じなかった振りをした。

 考えちゃいけない。それは。


「邪魔が入っちゃたわね。本当」

「スカーレット様は婚約者だったのですよね?」

「ええ。彼女が小さい時に泣きつかれてね。私が軍に入ってから、解消したんだけど、まだ覚えていたのよね。しつこいわ」


 副団長は本当に女性が嫌いなのだろうか。

 最初はびっくりしたけど、私の火傷を心配してくださったり、優しい人だと思うけど。


「さあ、まずは湯あみをしなさい。国境では体を拭くだけだったしょ?」

「はい、そうですが」


 基本、私は気にしない。

 臭かっただろうか。

 でも軍のみんなは大概臭い。

 副団長は美意識が高いから気にしていたのかな。


「やあね。臭いとか思ってないから。体を綺麗にしたらさっぱりするでしょ?まだ火を消してないわね。お湯をまた沸かして湯あみしましょう」

「はい」


 大きな桶があって、人が一人くらい、いや二人くらい入りそうだった。


「ここを共有の湯あみ場にしましょう。湯あみをするときは扉を閉めること。わかったわね」

「はい」


 二度も裸を見られている私としては、ちょっぴりだけ恥ずかしかったけど、まあ、副団長は女性の裸には興味なさそうだし、いいのかな。

 ああ、見たくないのかな。逆に。悪いことしたかもしれない。


「あなたが先に入って。それから私が入るわ」

「とんでもありません。副団長が先にどうぞ」

「……そう言うならそれでもいいけど。お湯は変えるつもりよ」

「いえいえ、とんでもないです」


 そんな無駄使いはできない。


「気にしない。私は副団長よ。懐は暖かいのよ」


 胸を張って言われたけど、やっぱり気にする。

 副団長が湯あみした後、そのまま水を使おうとして、慌てて止められる。すみません。


「同じお湯は嫌ですよね。その分頑張って働きます」

「まあ、嫌っていうか、汚いわよね」

「いや、副団長は綺麗なので汚いとか、そんな」

「あらあ、嬉しいこと言うわね。だけど、お湯は変えるから」


 やっぱり副団長は力があって、あっという間に中身を変えてしまった。

 こんなに綺麗なのに……。

 あ、だけど、髪が短くなって、少し男性っぽいかもしれない。今は。


「あの、髪。すみません。敵地に侵入する時に切られたんですよね。私のせいで」

「まあ、そうだけど。たまには切るものいいかもって思ったわ。涼しいし」

「そうなんですか」

「ええ」


 副団長は微笑む。

 本当に優しすぎる。

 私が男っぽい、男として認識されているからだろうかな。

 でも甘えてられないし、早く一人前になろう。

 心配されないくらい。


「湯あみありがとうございました。お湯はどうしますか?」

「ああ、置いといて、後で庭にでも撒くから」

「私がしましょうか?」

「そうね。じゃあ、明日お願いね。庭に花があるでしょう?そこに撒いておいて。明日でいいから」

「はい」


 夕食は買ってきたパンにハムを挟んで食べた。

 副団長は葡萄酒を飲んでいて、私も分けてもらった。

 沢山は飲めないけど、ふわふわな気持ちになるから葡萄酒は好きだった。

 だけど、副団長からは二人の時だけに飲みなさいと言われている。


「じゃあ、お休み」

「はい、お休みなさい」


 家に来るまでに掃除をしていたみたいで、買い物する以外なにも手を加える必要はなかった。

 胸に巻いている晒しを取ってから眠る。

 巻きっぱなしだとやはり胸が苦しい。

 軍の寮の時はずっと巻きっぱなしで、国境で一部屋をもらってから、寝る前にさらしを取るようになった。

 本当、副団長に会ってから色々してもらっている。

 恩返し頑張ろう。

 そう心に誓い、私は眠りに落ちる。

 

「ごめんなさい」

 

 少年兵は涙をこぼしながら、謝る。

 すると私の中の怒りが溶けていった。

 彼は悪くない。

 母を殺したのはあいつだ。

 彼らに対して怒るのは間違っている。

 私は絶対にあいつを殺す。

 私もこの人みたいに兵士になる。


 美しい金色の巻き毛、青い瞳。

 どこかで見たことがある、これは……。


 目を開けて一瞬自分がどこにいるか、わからなかった。

 やっと状況を把握して、夢の記憶を探る。

 またなんかぼんやりしていて、わからない。

 母が殺された時の記憶。

 あいつが母を殺した瞬間は覚えているのに、その後の記憶が曖昧だ。

 あいつは死んだ。

 副団長が仇を取ってくれた。

 私は彼に恩を返したい。

 

 ベッドから起き上がり、さらしを巻いてから、服装を整える。

 まずは朝食だ。


 いつかパンを焼きたいけど、それは今日じゃない。 

 昨日のパンをあぶる。卵とハムを焼いていたら、あくびをしながら副団長が現れた。


「おはよう。早いわね」

「おはようございます」


 副団長はまだぼんやりしている感じで、なんだかちょっと色気がまずい。

 これは同期もドキドキしたわけだ。

 女を好きだった同期たちも、副団長を見ると頬を赤らめていた者もいたし。

 うん。これは普通だ。

 私の頬が赤いもの。


「今お茶入れますね」

「ありがとう」


 副団長が座り、私はパンと目玉焼き、ハムを入れたお皿を並べる。

 彼が好きというジャムも添えた。

 余り甘くない果物のジャムが好きみたいで、試したけどかなり酸っぱかった。

 私は少し甘いジャムを選んだ。 

 孤児院にいた時は月一に出てくるこの赤いジャムが大好きだった。


「今日も美味しい食事を食べられることを神に祈りましょう」

「はい」


 我が国では、太陽神が信じられている。 

 隣国は別の神で、それが両国が争っている原因みたいだ。

 今となっては私みたいに家族を殺された人が多くて、神様は関係なく憎しみあっているけど。私も隣国に対していい感情はない。


「美味しかったわ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、行ってくるわね。今日は出かけないでくれる?私も早く帰ってくるつもりだから」


 副団長にそう言われれてば、従う。

 

「はい。家にいます」

「よかった。早く帰ってくるわね」


 ポンポンを頭を撫でられ、不思議な気持ちになる。

 なんだろう。


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