第5話 副団長の元婚約者

「服は男物がいいわ」


 服を選ぶ時、副団長がそう言った。

 やはり女性は苦手なんだろうな。


「はい」


 既製品を買うつもりだったので、体に合わせて男物の服を購入する。下着も同様だ。ただ月のものが来るときだけは要注意だった。

 軍にいるときはこれを毎回苦労した。

 服を買ったら、次は食料だ。

 母から習った簡単な料理は作れる。孤児院でも教えてもらった。

 副団長の口に合うかが心配だったけど。

 かさばる荷物を持ってもらって、二人で家に戻る。 

 何か不思議な気持ちだ。

 家の前まできて、誰かが待っていた。


「ギル!聞いてないわ!」


 そこにいたのはご令嬢と紳士。真っ赤な髪が印象的な美しい令嬢だった。


「スカーレット。きゃんきゃん、騒ぐのやめてくれない?」

 

 副団長は眉を潜めていた。

 うん、本当、女の人苦手なんですね。こんな綺麗なのに。

 どういう知り合いなんだろう。


「それが、あなたの恋人?やっぱり男なの?」

「そうよ。それが何?」

「スカーレット様。その方は男性のような見た目ですが、立派な女性です」


 令嬢の隣にいた紳士がそっと話に割って入る。

 様づけだから、使用人なのかな?

 

「ギル!嘘ついたわね」

「どうでもいいでしょ。そんなの。邪魔よ。帰って」

「帰らないわ。事情を説明して」

「どうして?」

「だって、私たち婚約していたじゃない!」

「ずっと前でしょ?十年前かしら?」


 十年前?それでも前は婚約者だった。

 副団長は前は女性は大丈夫だったのかな?


「エルガート様。どうかスカーレット様と私をご自宅へ招いていただけませんか?人目が気になりませんか?」

「そうね。そうするわ。カール。スカーレット。三十分時間をあげるわ」


 そういう事で、スカーレット様とカール様とお茶をすることになった。お茶の葉を購入していてよかったと安堵しつつ、私は台所に行くと、購入したものをとりあえず置いて、お茶を入れる。

 火を起こしてから、水を沸騰させる。

 エルガート様の台所は食器類や調理器具はほぼそろっていて、ティーセットを四つ見つけた。

 孤児院では勤め先で使うかもしれないと、お茶を入れ方などを指導される。お茶を入れるのは好きで、ちょっとばかり自信がある。

 国境に居た時も、何度か副団長にお茶を入れて褒められたことがあった。


「だから、あなたには関係ないでしょ?私が誰と住もうと」

「か、関係あるわよ!だって、前は婚約してたでしょ?」

「それはあなたが子供だった時、仕方なくでしょ?うるさいから」

 

 二人の言い合う声が聞こえてくる。

 副団長、冷たい。

 やっぱり女性には冷たいんだな。

 私は男性枠だから、大丈夫なのかな。


「あの、お茶です」

「い、いらないわ!」


 スカーレット様がカップを払って中味がこぼれそうになった。咄嗟にカップを拾おうとした間抜けな私に熱いお茶がかかる。


「なんてことするのよ!スカーレット!アルノ君、来なさい」


 副団長が私の手を引いて台所へ戻る。

 水で冷やしてから、軟膏を手に塗ってくれた。


「ありがとうございます。すみません」

「謝る必要はないわ。あなたは。必要があるのはスカーレットよ!」

「あの、大丈夫ですから。スカーレット様は、副団長のことが好きで、きっとああいう態度をとってしまうのではないでしょうか?」

「……でしょうね。わかるわ。アルノ君、何か思うとこある?」

「えっと、もう少しできればスカーレット様に優しくされてはどうでしょうか?私から事情を説明してもいいですし」

「アルノ君はそうなのね。そうよね」

「副団長?」

「いいの。気にしないで。スカーレットには私から説明するから」

「ありがとうございます」


 二人で客間に戻ると、スカーレット様が涙目で謝ってきた。

 濡れていた床などはすでに拭かれていた。

 多分カール様かな。


「謝らないでください。大丈夫ですから」

「本当にごめんなさい。手は大丈夫?」

「大丈夫ですから。あの、お二人でお話しますか?私は席を外しますから」

「そうね。カール、あなたも外して」

「私もですか?しかし……」

「カール。お願い」

「畏まりました。スカーレット様」


 そうして私とカール様は部屋を出る。


「あのカール様、お茶を飲みますか?」

「ありがとう。いただきます」


 カール様は黒髪に青い瞳で真っ黒なスーツが良く似合っていた。

 台所にテーブルがあり、そこにカップを置くとカール様は美味しそうに飲んでくれた。


「美味しいですね。これは立派な使用人になれますよ」

「そうですか?よかった。副団長のお世話をする自信が付きました」

「お世話?使用人って言われて怒らないのですか?」

「どうしてですか?使用人のようなものです…」


 言ってしまって、私は後悔する。

 恋人役ってことを忘れていたのだ。


「あの、あの、怒りますよ!私は恋人なのですから!」

「遅いですよ。アノン様。まあ、予想はしてましたから」

「ああ」


 私は項垂れてしまった。

 

「大丈夫です。スカーレット様には言いませんから。だって、あなたはそう思っていても違うみたいですし」


 カール様は目を細めて笑う。


「羨ましいです。あなたが」

「私が、ですか?」


 何が羨ましいのだろうか。

 まあ、確かに性別を偽っていたのに軍法会議にかけられないとか、こうして家を提供してもらっているとか、贅沢な身分かもしれない。



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