第4話 軍を辞職する。
「おい、早く逃げるぞ!」
「ちっ」
そいつは舌打ちした後、母を串刺しにする。
「お母さん!」
駆け寄ると母は絶命していて、目は見開かれたままだ。
後方から馬の足音が聞こえてくる。
「もっと早く来てくれたら!」
「ごめんなさい」
喚き散らす私を抱きしめる少年兵士がいた。
その人も泣いていた。
「起きた?」
夢を見ていたみたいだ。
どんな夢だったのか、覚えていない。
「傷を勝手に見せてもらったわ。擦り傷ばかりでよかった」
いつの間に手当されていて、軍服も着せられていた。副団長もわが軍の軍服に着替えている。
現実感がない。
あいつが死んだ。
母を殺したあいつが。
副団長が殺してくれた。
「副団長、すみません。ありがとうございます」
涙が一つ流れたと思ったら、次々と溢れ出てきて、軍服を濡らす。
「あなたには失望したわ。私が仇を討つって言ったのは信じてなかったのね。無謀なことをして、あと少しでとんでもないことになっていたのよ」
「申し訳ありません」
副団長の言うとおりだ。
私は復讐しか考えられなかった。
「あなたが無事でよかった」
副団長がぎゅっと私を抱きしめる。
抱きしめられたのは初めてだ。
「こんなに不安になったのは初めてだった。馬鹿なことをして、私は許さないわよ」
「すみません」
優しく抱きしめる腕と異なり、口調が厳しい。
「覚悟しなさい」
どんな罰でも受けるつもりだ。
私は副団長の助言を無視して、自分で危険な目にあった。それから彼をも危険な目に合わせた。
「すみません」
謝る言葉しかでない。
「アノン君」
副団長が私から離れた。
温もりがなくなり寂しくなった自分が恥ずかしい。
「もう軍はやめなさい。目的は達したでしょう」
副団長は厳しい表情をしていた。
やめる。
そうだよね。
副団長は私の仇を討ってくれた。
しかも敵地まで来るという無茶なことをして。
あいつは死んだ。
もういない。
「アノン君。戻ったら、あなたは直ぐに辞職届を出しなさい。わかったわね」
「はい」
それ以外に認めないという問いかけて、私は返事をした。
「行きましょう。私の前に座って」
「はい」
馬に二人がけして、国境へ戻る。
騒がれることなく国境の駐屯地に入れ、副団長は馬を返して、私たちは部屋に戻る。
「今、辞職届を書いて、私に渡して」
何を急ぐ必要があるのかと思ったけど、言われるままに書いて、副団長に渡す。
翌日、私は彼が急いでいた理由に納得した。
駐屯地は朝から騒がしかった。
副団長が殺したあいつ、隣国の司令官死亡の知らせで駐屯地が湧いていた。それが副団長の仕業だとわかるのも早く、私が女であることも同時にばれた。
けれども副団長は私からすでに辞職届を受け取っており、軍法に触れないと主張した。
屁理屈としか思えないことであったけど、彼が敵の司令官を殺害した功績が認められ、彼の主張は通り、私にお咎めはなかった。
国境で三か月過ごした中、仲良くはなれなかったが、一緒に訓練し、話すようになった仲間もいた。
反応はそれぞれで、私のことを女なのに頑張ったというもの、また性別を偽っていたことに怒りを覚える者。
同士の争いは必要ないので、災いの元である私は本部のある、王都に帰されることになる。
副団長も本部への異動を願い出て受理され、私は副団長に送ってもらうことになった。
「申し訳ありません。私のせいで」
「あなたのせいって、それはないわ。あなたの性別がわかった段階で私はあなたに辞職を促すべきだった。恋人役とかいろいろ理由をつけてあなたを引き留めたのは私。あなたの身を危険にさらしたわね」
「そんな、副団長。私がすべて悪いのです。本当に」
副団長は優しい。
優しすぎる。
「本当に申し訳ありません。ずっと迷惑をかけてしまいました」
「いいのよ。好きでやっていたんだし」
帰りの馬車の中で、私たちは二人っきり。
これが多分最後の機会かもしれない。
二人で会う。
なので、入隊してから性別がバレたところから、思い当たることにすべてお礼を言う。本当に、私は副団長の重りだったんだなあと改めて思う。
王都に戻ったら、まず母のお墓に行ってあいつが死んだことを報告しよう。それから、私の生きる道を考えよう。
母が殺されてから、孤児院に預けられた。
そこで兵士募集を知り、男として入隊試験を受けた。
男しか入らないから、性別の欄はなく、男の恰好をして胸をつぶしていれて、男の子にしか見えなかったから、疑われることはしなかった。
「あの、恋人役もすみません。ご家族の方は大丈夫でしょうか?」
「アノン君。何を言っているの?恋人役は続けてもらうわよ。恩を返してくれるんでしょ?」
「そ、そうですが……」
軍の寮を出れば住む場所がない。
「私、家を借りたのよ。一緒に住む?」
「へ、あの」
「恩を返してくれるのね?」
「はい」
「家の事もやってもらってほしいから給金を出すわ。だって、あなた無職でしょ?」
「はい。そうです。あの、ご迷惑ですよね?」
「迷惑だったら聞かないわ。けれども本当に嫌だったら断って。もう私はあなたの弱みを持っているわけではないし、提案に乗らなくもいいのよ」
「迷惑など、とんでもないです。恩を返せる機会ができて嬉しいです」
「そお?それならいいけど」
そうして私の退職後の職まで決まってしまった。
こんなに甘えてもいいのだろうか。
王都に戻るとまずは同期から色々な目で見られた。大半が冷たい目で、当然だと思った。
性別を欺いていたのに、お咎めのない私。
副団長はそれらの視線から私を庇うように動いてくれて、荷物をまとめるとすぐに副団長の新しい家に向った。
一階建ての家。
副団長の実家に時たま行かせてもらっていた私は、もっと大きい家を想像していた。だから、こじんまりしている家で安堵してしまった。
「どうせ、二人しか住まないし、管理するのも面倒だから小さい大きさにしたのよ」
「そうなんですね。二人って、そのやはり副団長は誰かと住まれる予定なのですか?」
「あなたよ。そうに決まってるでしょ?」
「えっと、あの」
当然とばかり言われてしまって、驚く。
そしてやっぱり嬉しい。
私はどうかしている。
「アノン君は一人で放っておくと心配なのよ。あなたがしっかりするまで私の元にいなさい。色々学ぶといいわ」
「ありがとうございます」
嬉しい言葉、私のことを心配してくれてる。
だけど、少しがっかりしたのはどうしてだろう。
考えるのが怖くて、考えるのをやめる。
それよりも、今後の動きだ。
「あの、副団長は明日は何時に出勤されますか?朝食などを食べていかれますか?」
「作ってくれるの?」
「はい。台所もいつでも使えるみたいですし、あと、私の私物をいくつか購入してもよろしいでしょうか?」
軍の給金はずっと貯めてきた。
有難いことにお咎めなしだったので、給金は貯めた額そのまま使える。
孤児院では自分の服がなくて、軍でも軍服をきていたので、自分の服がなかった。だから、この機会に購入したい。
「荷物置いたら、買い物行きましょ」
「はい」
そうして私たちは買い物に出かけた。
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