第21話 動揺の街角

 三螺旋市、重翼隊基地。


 裂断を駆り、アンバーニオンと共に未確認航行怪生物体ゲルナイドと戦った鈴蘭は、当日と翌日の夕方まで検査入院した。


 それから休暇のすすめを辞退して、医務課から異常なしの検査結果を聞き、資料館に顔を出して音出やスタッフにシフト変更の礼を告げ、昼前になってようやく部隊に戻る事が出来た。



 隊長室。


 先の一戦の資料に目を通しながら、鈴蘭は八野に尋ねた。

「隊長、裂断タシーって、本当に無傷で飛びましたか?」

「ああ。そんな記録は探しても無かったな?」

「剣、伸びませんでした?」

「それなんだが…?」

 八野は、応接席の下座に座る鈴蘭の正面の席に座った。

「バックアップが落ちてる最中の目視や、映像では確認出来なかった。しかし明らかに伸びてる雰囲気があるんだよな?」

「フンイキ…ですか?」

 資料には裂断の斬撃を受け、ゲルナイドが体液を吹き出す瞬間の写真が載っていた。

「明らかにキズ深いよな?でもブレードは体表スレスレなんだ。これは自然現象か何かって事で分析待ちにしたから」

 八野は少し沈黙して鈴蘭に聞いた。

「不思議な事は別として、明日の訓練、本当にやってみるつもりか?」

「······はい!」

「実はさ!ウチラももしかしてと思ってたンだよ。追佐和もちょっとアレ?って思ってたんじゃないの?」

 八野は冷やかすように資料を持ったまま一瞬鈴蘭を指差した。

「フフフの···ふ?」

「なんだよ?一丁前に。でさ、こっちはヨモヤマなンだけど······」

 八野は違う資料を出して鈴蘭に見せた。

太陽由来1号サニアン ワンのデータ!」

 リサーチャーがどさくさ紛れに、ちゃっかり記録していたアンバーニオンのデータだった。


 推定頭部頂体高、58、9メートル

 推定最大重量、589トン

 推定最小重量、105トン


「5、8、9、コハク······?!」

 シャレが効かなすぎて二人共リアクションのタイミングを失ってしまった。そこでは、琥珀だけに?という言葉は出て来なかった。


 昼食前の重翼隊オフィスでは、午後から明日の訓練について緊急ブリーフィングがある旨が周知された。

 それに関連した雑談の中で、八野は隊員達に質問責めされた。しかし質問の主な内容である裂断の異変については、八野の口八丁がそれらを見事散らして誤魔化し、曖昧なままにしてしまった。



 …鈴蘭は整備班に挨拶するついでに、裂断の様子を見に来た。


 正面に回り込み、体の正中線を裂断と合わせて向かい合い観想する。

 人の力だけではない、自分達が必死の想いで繰り出す一閃一閃を護るフシギな力。

 それを思えば、かつて苦手だった金属とオイルのこの焦げ臭ささえ頼もしく感じる。


 ドッグの中は青空を乱反射したブルーの空気が外から満ちて、鈴蘭と裂断に寄り添っていた。

 





          ·


 護ノ森カフェの大きな窓から中が見える一角に、周囲で宇留達の警護をしていた防衛隊のSPメンバーが全員召集された。


「か、鍵村…!…バカな!?それらしき人物は居なかった。一体何処から?」


 カフェの外からは、同じテーブルで向かい合う宇留とエシュタガ。そしてエシュタガを警戒するわんちィとパニぃが見える。

 事もあろうに、要警護人物と要注意人物が同じ席で向かい合っているという状況。

 SP達は、完全な失態をエシュタガに演出されていた。


「…店内なかにいる富育とみいく隊員と連絡が取れません!」

「なにぃ!?」

 するとSP達のリーダーに連絡が入る。リーダーの柄玖は、無線に応答する。


「はい!柄玖えくです······」


「···はい!実はこっちでも問題が···!、分かりました、警戒を強化します」


「!···何ですか?!」

 

「…聞いてくれみんな、駐屯地で倒れた者三名、堂々脱柵二名、この二名は意識が不明瞭だそうだ!様子がおかしい···なにかあるぞ?!」



 



「···食べませんか?溶けちゃいます」

 

 意外にも、宇留の方からエシュタガに提案があった。


「!···それも、そうだな?」

 やや大袈裟にわざとらしい驚きを見せたエシュタガは軽く目を伏せて、、と小声で呟き、スプーンの先を唇に当てて少し暖めると、バムベアイスの端をヌルリとすくい落としてスプーンに乗せ口に運ぶ。


 あまりの気障キザさに少し引いてしまった宇留だったが、同時に百題と比べてしまった。

 百題も流麗な動きを見せたが、エシュタガはその容姿も相まって一連の動作全てが華麗だった。

 成人男性がアイスを食べるという事に対して、決してそれが幼稚に見えないようにする説得力に長けた所作の数々。

 宇留達も負けじと食べ始めたが、無駄無くバムベアイスをのどに放り込んでいくエシュタガに対して、いそいそと掻き込むだけに終わった。

 最後にフォークで刺したプレーンの米粉ケーキで、皿のクリームとソースを拭いながら満足そうに食べ終わり、食器を整え、ごちそうさまと丁寧に手を合わせるエシュタガ。

 先日の流珠倉洞で、宇留達に道を空ける配慮すら見せなかった不遜な男。その男と同一人物の器量とは、とても思えない。

「くっ······」

 頭がキーンとなったパニぃが頭を伏せる。

「パニぃ!ケーキは最後にってあれほど!···」


 パニぃを倒した(?)エシュタガは、宇留へ唐突に切り出した。

「ふぅ、悪くない。このままの雰囲気で行こうか?こんな良い店を荒らす程、趣味が悪いとは思わないで欲しいな···?」

「······」

「簡単に話そう。あの琥珀の···を俺に譲渡する。それで俺達は君達にはもう、関わらない」

「······」

「それが出来ないのであれば、後日出直す。出直して徹底的に君達の抗いを崩そう、君をあれから引きずり出して確実に目的を果たすのみ···」

「どういう事?!」

「事と次第によっては、君はアンバーニオンアレを呼び出さざるを得ない状況が待っている。その為の手は既に、いくつも動き始めている···」

 エシュタガは口元だけで微笑み、視線では宇留を軽く睨む。


「···今は、断るだけ···!」


「だろうな?···一緒じゃない様子だが?」

「一緒でも、一緒じゃなくても断る!」

「·········そうか···」




 その頃、ヒメナは宇留達と別行動をとっていた。


 宇留達が護ノ森カフェに来る前に立ち寄った寺院。その本尊の祭壇前に丁寧に置かれたロルトノクの琥珀アンバー

 その中でヒメナは、黙って本尊と向き合い観想していた。



「“正直„だな?···まぁいい、話は以上だ。またな、スマイ ウル……」


 エシュタガは微笑んでサングラスを掛け直し、食器のプレートを持って立ち上がると、返却口に向かって席を離れて行った。


 (俺の名前?···誰に教えられたんだ?···!)


 宇留は身が引き締まる思いだった。


 手はいくつも······

 わんちィはハッ!として立ち上がる。


 一方、ヒメナの居る寺院。

 その山門をくぐって現れたのは、防衛隊特査課班長、百題だった。





「鍵村ぁ!」

 普通に護ノ森カフェを後にしたエシュタガは、SP達の追跡を意にも介せず、近隣のスポーツ公園にある野球場の裏手にある、人気ひとけの無い遊歩道で男達に呼び止められた。


「鍵村!先日の軸泉市有事関連、並びに、要保護人物への接触について話がある!」


 更に別部門の屈強な男達も、その場に集まって来る。

「証拠···は?」

 先程までとは圧倒的に違う、高圧的なオーラがエシュタガを包む。一瞬怯むSP達。確かに端から見れば、相席を求めただけの状況なのだが。

 数名のスタッフがエシュタガに圧倒される中、護ノ森カフェに残ったSPからその場に居合わせた柄玖に無線が入る。

 [班長!富育隊員が店を出てそちらの方面へ!様子がおかしいです!]

 柄玖が振り向くと、虚ろな目をした富育が隊員達に近付いて来ていた。

 富育はフラフラと彷徨い歩きながら、そのまま近くに居たSPの一人をいきなりラリアットで張り倒した。視線は常にあちこちをギョロギョロと泳ぎ回り、ぽっかり空いた口は呼吸しかしていない。

 明らかに正気では無い上、目に見えて異常な腕力。柄玖は動揺した。


「な···!まさかおまえが鍵村に情報を?!」


「フフ···」

 その様子を見ていた鍵村 跑斗エシュタガの肩を、屈強な隊員が掴む。その肩を、グリンと回して隊員の手を跳ね退けるエシュタガ。

「なんだ!動くなーー

 。るす転回一が線視の員隊、で中途の詞台


 フッ!ダァァンッッ!!


 次の瞬間、隊員は背中から地面に叩きつけられていた。


「な!なにやってるー!!」「確保確保!確保ォ!!」


 乱闘が始まった。一方SP達は、富育を押さえつけるのに手間取っている。

「うお!何て力だ!どうしたんだ!富育!」

 エシュタガは自分よりも一回り大きい隊員でさえ涼しい顔で組伏せ、連撃を繰り出す隊員をカウンターの一撃で沈める。ある者は片手で街路樹に投げ当てられ、ある者は蹴り飛ばされボーリング玉のように他の隊員に浴びせ倒された。精鋭揃いであろう隊員達が、何故かエシュタガ一人に翻弄されている。

 SP達がなんとか総員で富育を取り押さえる頃、エシュタガは、彼に手を出すのをためらう隊員達の中心で柄玖と目を合わせた。

「来る···!?!?」

 柄玖が戦慄した時だった。

 

 宙を舞った上着に気付いたエシュタガが振り返ると、一人の男が素早くエシュタガに踏み込んで来た。

 上着はガードしたエシュタガの上半身をおおい、上着越しに男の正拳突きがエシュタガのガードした腕に命中する。

「ぐ···」

 エシュタガは上着を振り払うと屈んで下足払い蹴りを繰り出すが、それを先に読んでいたであろう男はそれを飛び退いてかわした。


「!」

「お疲れ様です!重拳の藍罠です!オフ中ですが加勢しまーす!」


 藍罠は、エシュタガに向かってファイティングポーズをとる。

「あんたが鍵村か!?軸泉こないだの続きと行こうぜ?戦士さん?」

「!?、ジューケン?···そうか、あのパンチくんのオペレーターか···」

「ふはは!ネーミングセンスは宇留くんと一緒だな?」

「······ほぉ、そうか、そいつは光栄だな」

 エシュタガは、我流か何かのファイティングポーズを藍罠に返す。

 反応した藍罠は少し後退した。

「やっぱりだ」

「?」

「あいつの周り、超微妙に体が軽いッス。なんかしてますよあいつ、決して先輩達が弱いんじゃ無いッスよ?」

 藍罠は、傍らで肩を押さえ片膝を立てて座る隊員をねぎらった。

「さぁ!俺はあんたの手下のカタキだぜぇ?」

 エシュタガがユラリと前に出るのを見計らい、藍罠も前方にステップしながら拳を放つ。

 その拳を払い除けようとする手刀をさらにかわし、前後のステップで間合いを測る藍罠。

 この場の体重異常を把握しているであろう戦い方は、事実、この場で一番長くエシュタガと敵対出来ていた。


 いつしかエシュタガの目付きが変わり、藍罠の間合いに踏み込んで来た。しかしエシュタガは一瞬だが何もしない。

「?!」

 藍罠は戸惑いつつ、エシュタガの胸と腹、耳の後ろに連続でジャブやフックを放ち、左足にローキックを当てる。

 しかしエシュタガは、苦痛を圧し殺して微笑んでいた。

「!」

 ローキックを決めた足を地面に戻した途端に、藍罠は体が重くなる感覚に陥る。

 次の瞬間、エシュタガの膝が藍罠の腹に収まり、左フックが右上腕にヒットして、再び腹にボディブローが突き刺さる。

「だはっ!!」

 全てが強烈な一撃。エシュタガは苦しむ藍罠の顔面を鷲掴みにする。

 機械でも仕込んでいるかのような凄まじい握力…。藍罠の頭部が完全に人質にされた。これでは、あえて今挑発するのはリスキー一途だ。

「やるな···だが何かしてなくても···俺はこのくらいだ···!」

 痩せ我慢をギリギリ隠して、エシュタガは意地を張って見せた。そのまま指に力が籠り、藍罠の頭蓋骨が軋む。

「が······!」


 パシュ!パチン!


 エシュタガの耳の後ろ、藍罠が先程一撃を加えた部分で何かが二つ弾けた。

 何かが目と傷口に強烈に染みて、エシュタガは思わず顔をしかめた。

 次にエシュタガの足元に転がって来たのは煙を吹き出す筒。

 ホットケーキを焼くいい匂いに、エシュタガがフラついた。

「く!、おのれッ!こんな所でガスを!?」

 藍罠の顔を離したエシュタガは、近くの街路樹に向かって後ずさる。


 すると街路樹の造形が白く溶けてエシュタガを包み込むと、巨大なヘビのような姿に変わった。


 その時、偶然動きを止めた富育を見ていた柄玖は、富育の耳から素早く這い出て来て、巨大ヘビに向かって逃げる白いミミズを目撃した。


「や、やっぱりか!くっ!」

 街路樹に擬態して、エシュタガに有利な戦闘領域バトルフィールドを演出していた【巨大な白ヘビアクプタン マスター】は、公園から少し東にある川方面に向かって、住宅街の合間を這いずり逃げて行った。


「くぁゲホ!腹減った!なんだこれ?!」

 うずくまったり横たわったりしながら、甘いスモークに咳き込む藍罠と隊員達は、謎の空腹感に苛まれた。

 そこへガスマスクを付けたわんちィとパニぃがやって来た。パニぃは手に、エアガンのスナイパーライフルを持っている。


「ごめんね藍罠さん、勝負ありだったから」

 わんちィ達は二人で藍罠の肩を持って起こす。

「あいてて!こんな所でガス使うなよ、ケホ!」

「腹ペコスモークグレネードだよ」

「こっちは超濃縮ミントオイルカプセル弾だよ、超メニシミル!」

「本当はペコペコ過ぎて立てないレベルなんだけど、さすが戦士だね?」

「それ!使ってダイジョブなの?」

「全部コンビニで買えるので作ったから多分」

「ここいらの飲食店の売り上げがアップする被害が想定されるダケダシ!」

「嘘だろ!?超腹減ってきた!」


 ググ~!


 藍罠を始め、倒れた数人の屈強な男達の腹が輪唱するというカオスな状況。

「藍罠さんお腹やられてるから爆食駄目ですよ?あくまで錯覚ですからね?吐きますよ?」

「な?なんて···こったァ···!」

「てか藍罠さん、オフでも偶然は嘘ですよね?」

「······」

「我々の事が気になっててカフェ近くに居たんですよね?」

「······バ··れた!?」

「ええ、もう!」

「く···ここぞとばかりに恩を売ってからに···やっぱりあんたらキニクワン···」

 藍罠は再び大の字に寝転ぶ。


 キュオ~ググ···!


「はいはい!今応援来ますからね?」

 そう言ってパニぃが藍罠に膝枕をすると、藍罠は途端に大人しくなった。







 四時間後

 徳森市郊外、某高級スイーツショップ


 行列の出来たレジ前では、多くの女性客が先頭の芸能人オーラのある男性客に注目してザワついていた。


 レジを打つ女性店員は頬を赤らめ、たどたどしく対応を進めていた。

「あ!ありがとうございましたーー!」

 紙袋を持って店を出るエシュタガ。


「おのれ!あいつら許さんぞ···!」

 キュグー···

 誰かの腹が鳴った気がする。


 エシュタガは地方都市の裏路地を歩きながら、自分を見据える宇留を思い出していた。


「スマイ少年···お前は···ムスアウじゃ、無いのか?」


 クーー···

「······」

 エシュタガはそのまま腑に落ちないといった様子で、裏路地の暗闇に消えていった。















 








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