第20話 バムベアイス

 

 アルオスゴロノ帝国。秘密基地。


 怪獣のゲルナイドは船着き場ドッグに係留され、吊るされたタンクから伸びた点滴のような多数の管やパイプに繋がれて目を閉じ、微動だにしない。


 ゲルナイドの体の右脇には浮き桟橋が寄り添い、ガルウイングドアのように開いた外骨格の一部にある洞穴から、少年がフラフラと歩いて出て来た。


 長い髪は足首まで伸び、体は緑黒い粘液にまみれて髪が全身にへばり付いている。クイスランは少年に近寄り、すぐにガウンのような服を羽織らせた。

「こんなやせっぽちで良かったの?もっと大きい体でも良かったのに?」

 クイスランは少年の前髪を、クシャリとかきあげる。屈託の無い真っ直ぐな瞳が、クイスランの笑顔を射貫く。

「ほら!せっかくかわいい顔になったんだからもう少し表情柔らかく?!」

 ………………ご講評ありがとうございます…

「え?」

「···アンバーニオン···スマイ···ウル····」

「?、はいはい、体洗おうね?」


 人型中枢活動体。

 人間に化生けしょうしたゲルナイドは、クイスランと職員に肩を支えられ、施設の方に歩いて行った。






 巻沢まきさわ市、防衛隊岩掌駐屯地。

 須舞 宇留、健康診断と調査、

 二日目。


 軸泉市を後にして一泊した翌日。ありとあらゆる計測や検査を一日みっちり行った宇留。


 気疲れこそ著しかったが相変わらず睡眠時間は短めで推移していて、翌日もすこぶる元気だった。


 問診の休憩中に控え室にやって来た百題は、タブレット端末と備え付けのプリンターで、何かを印刷し始めた。

 行動の所作しょさの節々がスラリと女性的で無駄が無く、流麗な動きで宇留の前に印刷物を持ってくる百題。

「いやはや、領空に無断駐車とは君も中々大物だね?」

 その皮肉は、先程の好印象を自ら払拭するスタイル。差し出された印刷物は衛星写真だろうか?…滞空するアンバーニオンらしきものが写っている。

 ゲルナイドとの戦闘後、太陽光によるエネルギーチャージの為に、超高空に待機させたままだったアンバーニオンの姿…。


「あああ!ダメですか?ごめんなさい!動かしますか?」

「かなり高い所だから大丈夫です。多分。で?どうやって動かすの?」

 ······尋問?

「えっと、呼べば来ます。友達と一緒です」

「?、友人?…ふふ、そうですか」

「?」


 その後は三十分程、大人数の前で当日の時系列を話せる範囲で[カイツマミ]で話し、二日目は意外と呆気なく終了した。

 

 宇留は今回の連行について、アクション映画の主人公のようにずっと拘束されるイメージを持っていた。だが自由時間は思ったより多い。個人への配慮なのか、はたまた適当か?後者だったらだなあと思いつつ、本日は午前中で終了という事となり、着替え終えて廊下に出ると、わんちィとパニぃが待っていた。


「やあ、今、大丈夫?昼食おひるにツレテクよ?外出許可貰ったから、徳盛にある護ノ森諸店ウ チの店にでもと思って···」

「え、えっと!…いいんですか?!はい!お願いします。?」

 宇留は彼女達に、ヒメナの現在ことを聞こうとしてやめた。何処で誰が聞いているか分からない。あらかじめそのように打ち合わせてあるのだ。


 わんちィの車で駐屯地の正門ゲートを出る時、少しスピードが乗ってしまい門番の人に睨まれるも、巻沢市の隣にある都市、徳盛とくもり市に向かった三人。

「もー!すぐカッ飛んで行こうとスンだから!」

 わんちィは愛車のピーキーさを嘆いた。

「でもわんちィよりモテるよコノコ。停めて戻ってくるとイケメンカーが隣に居る率九割」

「うるさい」

「大丈夫だった?検査薬とか、気持ち悪く無い?」

「え?いや、話に聞くよりはおいしかったですよ?」

「マジで!?」

 車は巻沢市と徳盛市の境界を越える。

「でもなんだっけ?重拳のあだ名」

「パンチくんでしょ?」

「パンチくん!!」



 {宇留は駐屯地に着いた時、重拳から降りる際に思わずコックピットに声をかけてしまった。

「じゃ、ありがとうね?パンチくん!」

「ぱ、パンチくん?!」

 制御車を降りて来た椎山と藍罠の片膝が、カクンと同時によろけた。}




「なんかwww茂坂さんも!wwwちょっと膝カクン!ってしてたよね?」

「なんか、親近感www!くっくっく!」


 とりとめの無い会話をしていると、もう市街地だった。

 昼前に由緒正しいというお寺に寄って、三人で本尊を前に五分ほど観想にふけり、それから護ノ森カフェに着いたのは丁度昼時が落ち着いた頃だった。

 混雑を避ける為に、併設の書店で一度本を選ぶ事にした宇留。

 柚雲に貰った五百円でご当地ロボット漫画、Tameemoonタメエモーン(2)を購入して、その後はカフェで海鮮丼を頬張った。

 宇留はわんちィのススメで、デザートにと紹介されたバムベアイスなるスイーツに挑戦してみる事にした。


 クルミソースと粗びきクルミを混ぜ混んだバニラアイスに、しょっぱめのみたらしソースとメープルシロップがかかっていて、表面が少々炙られ焦げている。そしてふっくらとしたピザ生地のような米粉のプレーンケーキが一欠け、さりげなく添えられていた。


 宇留の食券番号が呼ばれ、それを受け取り二人掛けの席に戻る宇留。

 続いてわんちィとパニぃが、二人同時に受け取りへ向かった時だった。


「ここの席、よろしいですか?」


 高級そうな白い冬用ランニングウェアを羽織り、メッキのようなサングラスをかけた青年が、宇留の返答も聞かずに正面の席に座る。

 バムベアイスのプレートをテーブルに置いて、青年は黙ってサングラスを外して宇留を見据えた。

 宇留は予め背筋に張られていたマスキングテープか何かを、いきなりシュッと剥がされるような、刹那的な悪寒にさいなまれた。


 宇留が流珠倉洞で会ったスーツの男、エシュタガ。その男が目の前に居た。


 仏頂面のわんちィとパニぃがエシュタガを睨み、わんちィは宇留の後ろの席、パニぃがエシュタガの後ろの席に、バムベアイスのプレートをテーブルに置いて座り、二人の様子を伺う。

 宇留と目が合ったパニぃは目を伏せて、無言でゴメンと謝る。

 わんちィが窓の外をみると、防衛隊の私服SP達が慌てている。そのうちの一人が首を前に傾け、スマンと無言で謝る。

 どうやら完全に想定外の出来事だったらしい。

 三人のプロの殺気が宇留を中心に交錯する。店内に流れるピアノソロが、やけにはっきり聞こえていた。


「心配するな。今は何もしない」


 エシュタガは目を離せないでいる宇留に、不敵だが美しい笑みを見せた。







 


 

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