第22話 巻沢の夜

 午後六時。防衛隊駐屯地総合オフィス、小会議室。


「まずはこれを」

 百題は、布が敷かれたプラスチックケースに入ったヒメナの琥珀ロルトノクアンバーを宇留とわんちィ、パニぃに見せた。表面は相変わらず雲っている。

「あ!」

「不本意ですが、あなた方の行動を把握するのも自分の仕事でしてね?この琥珀のアクセサリー、あなた方があの寺院に預けていたものですね?」

「そうですねェ······」

 パニぃが返答する。

「須舞さん、これはあなたと最初に会った時にも身に付けていましたよね?それにこの値段。一億三千万円もの高級品を、なぜ中学生であるあなたが?」

 宇留は確かに、値札の三百円を変えて欲しいとヒメナに頼みはした。だが今は百題の指摘通りに、一億三千万円と表記されていた。

 (ヒメナ···コレちょっと、面白いな···)

 宇留は送らない想文を脳内で一度作って消した。

「大変だったんですよ?」

「?」


 百題が語った寺院での出来事。


 宇留とわんちィ、パニぃの後を追って寺院に辿り着いた百題。

 すると中からヒメナの琥珀を持った住職と、住職を追う様子のおかしい男が、寺院からノソリと出て来たという。


「例の連続不審脱走隊員の一人が、住職からそれを奪おうとしていたんです」


 それを聞いた宇留は、焦りの感情が波打った。しかし表情に出すのをなるべく堪える。


「自分と住職でなんとか取り押さえましてね?部下を呼んで拘束してここに送り返したんです。あ!ちなみ住職は元ラガーマンだそうですよ?そこでこれを見せて貰って気付いたんですよ。君の物だとね、須舞さん?」


 百題は気付いていないが、値札の数字が徐々に変化し始める。それを見たパニぃは笑いそうになった。

「!、…プククw!」


「白いミミズ」

「え?」

 わんちィはパニぃが吹きそうになるのを隠すように、百題に尋ねた。

「本日現時点で体調不良四名、脱走五名。全員が意識不明瞭や反目行為、その内二名から、耳の中から出て来た白いミミズの目撃報告があったそうです?…どう思いますか?」

「······自分はまだなんとも······?しかし回復した者は直近の記憶が無いと言っているそうですね?」

「そのミミズで、彼らが敵に操られていたとしたら?」

 パニぃの一言で百題が驚き沈黙した。わんちィが続ける。

「なら監視カメラ化した隊員“九台„で、こっちの動きも敵に筒抜けだったかもですね?」


  ー 正直だな?


 エシュタガの言葉を思い出した宇留はハッとした。


 宇留は、“今現在、ヒメナの琥珀を持っていない„ということをエシュタガに教えてしまっていた。それはエシュタガに、”手下をヒメナのいるであろう場所に向かわせる„、という作戦行動の選択肢を与えた事になる。

 その辺りのクレバーさ、は完全に自分の負けだった。

 誰かの力、偶然の力で運良くヒメナは帰ってこれただけ。


 自分の力だけでは守れなかったという事。


 うつむく宇留に、わんちィとパニぃは視線を向けてはいなかったが心配していた。


 コンコン

「邪魔するよー」


 ノックがあって、すぐに私服の壮年男性が部屋に入ってきた。

「!ーーーーーー」

 百題は即座に椅子から立ち上がり恐縮している。続いてわんちィとパニぃも立ち上がろうとしたが男性に止められた。

「ああ!いいからいいから!そのままでそのままで!」

 男性が入って来た扉からは、SPの柄玖がジロリと室内を見回し、軽く男性に会釈して廊下に戻った。百題は座り直さず、緊張しながら少し身を引いてテーブルの脇に立っている。


 宇留の印象曰く、校長先生のようなその男性は黙ってヒメナの琥珀を見ていた。


「ほー!千三百円!オテゴロデスね~!」

「!?」

 再び値札の表記が変わっていた。百題が眼鏡を押さえながら驚いて確認する。

「え?そんな!」


「須舞くんも、今日は大変だったでしょう?コレ返却して今日は終わりでいいよね?またアシタにしよーよ?」


「しか···いや、は、はい!」

「ねぇ、今日は大変だったけど、アシタもまた忙しくなる!頑張ってね?あ!でも三人共、ラストスパート早めに報告書ソレゾレのトコによろしくね?」

「「かしこまりました!」」」

 わんちィ、パニぃ、百題がそれぞれ返事を返した。

 百題がどうも納得出来ないといった様子で小会議室を後にすると、男性は立ち上がり扉を少し開けて廊下の柄玖に声をかけた。

ここクリアこの部屋栗屋?」

「はい、栗屋クリアです」

「?」


 男性は扉を閉めて席に戻って来るなり、ボソッと呟く。

「護森さんに伝えて?心配通りになってる気がするので判断はそれで正しいですよって。私の手が届く範囲でなるべく“踏み込まないように„そちらの要望叶えますから···ともね?」

「あ、ありがとうございます!」

 わんちィとパニぃは、座ったままで額が机に当たりそうなくらいギリギリまで頭を下げて男性に礼を言った。


「あとねェ!こっちが本題なんだけど、今年モシ時間が取れたらプライベートで絶対飲み行くからってモ言っといてね?ガハハハ!」

「···はい、お待ちしておりますッッッッ!」

「んじゃ、頑張って?!それではんだば!」

 小会議室を後にした壮年男性は、廊下が寒かったのか「んぃ~」などと呻きながら、柄玖と共にどこかへ戻って行った。


「ふー!なんとかなったね!」

「ヒメナ!」

 ため息をつきながら、わんちィはヒメナの琥珀が入ったプレートを宇留に差し出す。宇留がペンダントを着けると、ヒメナの声がした。


 (ウリュ!)


「ヒメナ!ごめんね!俺もっと気が利けば···」

 琥珀の曇りが消え、宇留は姿を現したヒメナと向き合って詫びた。

「私からもごめんね?ホントは、ヒメナん預かって今から反省会アーンド古クサイケメンの愚痴り女子会とシャレコミたいんだけど······」

 パニぃの口からようやくエシュタガに対する愚痴が聞こえた。わんちィも、宇留が手に持ったヒメナの琥珀の片隅を撫でた。

「報告書」

「うん······報告書」

 パニぃに指摘され、わんちィはノートPCを開いて宇留に言った。


 リンゴリンゴリーンランローン······♪


「じゃ宇留くん、パニぃに部屋まで送って貰って?」

「あ···はい、ありがとうございました、お疲れ様でした」

「カツカレぇー···」




「······」

「よっしゃ!短期決戦でやるぞ!ハァァ!本屋 プァワーー!」


 本屋パワーとは、読書好き一般人が書店に入ったあの瞬間の「探し物アルカナ~?」「新刊!」「面白いのアルカナ~?」「入荷してるカナ~?」「インク臭い」等のワクワクの最大値を恒常的に維持する事で、文筆、創作のモチベーションを、最大限に発揮する、わんちィの、イミフ技の一つである!


「プックックックックッ·····」

 知らぬ間にパニぃが小会議室の扉を少し開けて、覗き笑っていた。

「早く宇留くん送って来てィ!あと!住職パイセンにお礼のメールしといてよ!」


 わんちィとパニぃがじゃれている間に、宇留とヒメナは想文でチャットを交わしていた。

 (ねぇ?ウリュ)

(?)

 (フルクサイケメンって何?)

 恐らく古臭いイケメンの事であろうが、宇留はパニぃが何と比べているのか分からなかった。

(うーん、多分、時代遅れとかイニシエの美男子ビナンシとかの事かな?)

 (う!···そ、それで、今日会ってしまったのは、洞窟に居た帝国のあの戦士なんだよね?)

(うん!びっくりしたけど本当に話し合いだけだったよ。ヒメナ寄越せ!とかって。あとなんか護森さんの店でみんな、お揃いのスイーツ食べながらになっちゃって······)

 宇留は想文にバムベアイスの記憶写真と、怒っているエシュタガの落書き風イラストを想像イメージとして添付してみた。


 (ああっ!)


(どうしたの?ま、まさか!知ってるヒト?とか?···)

 (知ってるテルというか···生まれ変わる前というか···美味しそうというか······カッコつけで甘党で···えーーと!··········名前が!出て来ない······)

(ありゃ!)


 初めて会った時と比べたら、声の角が取れて気持ちが軽く話せるようになった気がする。宇留はなんかいいな···と思った。






 午後八時、巻沢市防衛隊世帯宿舎B棟

 107号室


 階段踊り場のパイプスペースの扉にはBー107 藍罠 のプレートが収まっている。

 

 ピーンポーーン!


 インターホンが鳴り、自室で学校指定のジャージに半纏といった出で立ちで勉強していた藍罠 磨瑠香は、パッと手を止めると玄関に向かった。


「はーーーい!」

「こんばんはァ!まるちゃーん!ちょっと失礼します!」

「え?へ?」

 訪ねてきた椎山は戸惑う磨瑠香に敬礼をすると、ドアストッパーを開けたドアの下に挟み込んで固定する。

「ぅあー······!」

 磨瑠香の兄、藍罠 ヨキトが、鉄下駄でも履いているのでは?くらいの重い足取りで、腹を抱えてノシノシ階段を登って来ていた。


「ああっ!どうしたのおニィぃぃ!」




 …磨瑠香は急須の蓋を押さえながら丁寧にお茶を入れると、こたつに入ってテレビを見ながらお茶受けの銅鑼焼きをモムモムしている椎山と、突っ伏して落ち込んでいる兄、ヨキトの元に持ってきた。


「なんで運転手がお休みの日にケンカしてんの?」


「運転手···は、まひがっへはいはいは···?」

「隊長と同じくらい怒んなよぅ、イテテ!」

「んくっ!まあ同じくらい誉められたじゃん、珍しく負けたって、!おお!茶柱だ!」

「覚えてろ!昔のアニメのライバル野郎!テテテ···」


 若者達がモヤる巻沢の夜は、トロリと静かにふけていった。






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