第24話 クラン

「シノア? 急にどうしたのですか?」


 シノアが口にした言葉に、リュナがパチクリと瞬きを繰り返した。

 それはリュナにとっても意外な提案だったのだろう。驚きを露わにしている。


「リュナ様、ここは私の言うとおりに」


「…………」


 なおも問いかけようとするリュナであったが、シノアに見つめられて引っ込んだ。

 二人の間にはよほど強い信頼関係があるのだろう。


「『クラン』……何だ、それは」


 知らない単語である。

 ソレイユが不思議そうに首を傾げた。


「探索者が組むチームのことです。数人規模のものもあれば百人以上の組織も存在します。私はリュナ様と二人でクランを作るつもりだったのですが……よろしければ、貴方も入ってはいただけませんか?」


「フム……?」


 探索者が集団で行動することがあるというのは知っていたが、『クラン』と呼ばれているとは知らなかった。

 思わぬ誘いにソレイユが「うーん」と考え込んだ。


「俺は名を上げるために探索者になろうと思ったんだが……別にチームを組む必要はないんだよな。あくまでも個人的な目標のためだし」


「名を上げる……それでしたら、尚更にクランを組んだ方が良いですね」


「そうなのか?」


「そうですとも。ギルドの仕事の中にはクランを組んでいないと受けられないものもありますし、仲間がいれば探索に必要な雑事を分業することもできます。情報だって集まりやすいです。確実に立身出世の役に立つと思います」


「フーン……なるほど?」


「クランは加入も脱退も自由ですから、もしも気に入らないのでしたらいつでも抜けていただいて構いません……如何でしょうか?」


 顔を覗き込んでくるシノア。

 感情の読めない冷たい瞳が真っすぐ見つめてくる。


「まあ、良いか……入るよ、そのクランとやらに」


 特に断る理由もなかったため、ソレイユが提案を受け入れる。

 昨日だけでも、ソレイユは自分が世間知らずであることを自覚していた。

 金の使い方も下手。一日で一ヵ月分の生活費を散財したこともあり、助言してくれる第三者がいてくれたらと思っていた。

 その点でも、シノアからの提案は渡りに船と言えるだろう。


「ありがとうございます。それでは、これからよろしくお願いいたします」


「えっと……ソレイユさん。急なことですけど、末永くお願いします」


 リュナが少しだけ困惑しながらソレイユの手を握ってくる。

 剣を振っていて胼胝たこだらけのソレイユの手とはまるで違う。女性の柔らかな掌だった。


「ム……」


(何だろう……この妙な胸の高鳴りは。ずっと握っていたいような、顔が熱いから早く離したいような……?)


「おいおい、面白い話してるじゃねーか!」


 和気藹々とした空気になる三人であったが、そこで無骨な濁声が割って入ってきた。

 ソレイユ達のところにズンズンとスキンヘッドの大男がやってくる。


「クランを作るんだったら、俺が入ってやってもいいぜえ? こんな細っこい痩せ男よりもずっと頼りになるからよ」


「おっと……」


 大男がソレイユの肩を掴んで、強引に押しのける。

 ニヤニヤと笑っている大男はだらしなく相貌を緩め、肌を赤く紅潮させていた。

 どうやら、ギルドに隣接している酒場で大酒を呷っていたらしい。


「もちろん、報酬は貰うけどな! ヒヒッ、姉ちゃん達が身体で払ってくれれば良いぜえ?」


「触らないでいただけますか。汚らわしい」


 大男が伸ばした手をシノアが振り払った。


「ソレイユ様、クランの仲間として最初の要請です。こちらの男性を丁重にお帰ししてください」


「丁重に……?」


「殺さない程度に叩きのめしてください、ということです」


「ああ、それはわかりやすくて良い。最初からそう言ってくれ」


 ソレイユが大きく頷いて、大男と女性陣の間に割って入った。

 女を口説いていたところを邪魔されて、大男が醜く顔を歪める。


「おいおい、まさかテメエみたいなガキがぐぴょ……」


「よいしょっ」


 軽い気合と共に大男の腹を殴りつけた。

 大男が一撃で膝を折って崩れ落ち、その場にうずくまった。


「ウゲエエエエエエエ……ひぐ、痛え。いてえよお……」


「これで良いのか?」


「十分です」


 うずくまって吐瀉物を撒き散らしている大男を見下ろして、シノアが満足そうに微笑んだ。

 怜悧でありながらも妙に艶があり、色っぽい笑顔である。

 背筋がゾゾッとする謎の感覚に襲われ、ソレイユがわけもわからずに上半身をのけぞらせた。


「お、おお? 何故だ。背中が痒いような熱いような……?」


「なるほど……面白い方ですね。ソレイユ様は」


「シノア……ソレイユさんを揶揄っちゃダメですよ」


 リュナが不機嫌そうに頬を膨らませる。

 シノアが嫣然とした微笑を浮かべたまま、奥のカウンターを手で示す。


「これは失礼いたしました……それでは、さっそく探索者登録をいたしましょう。それにクランへの加入の手続きも。お手伝いいたしますよ」


「よ、よろしく頼む?」


 ソレイユが人生で味わったことのない不思議な感覚に戸惑いながら、シノアに教わりながら探索者への登録を済ませたのだった。

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