第25話 『九つ首の海蛇』

「ちょっと……シノア、どういうことですか?」


 探索者ギルドにて。

 諸々の手続きを終えたソレイユがトイレに行ったタイミングを見計らい、リュナがシノアの袖を引いた。


「急に勧誘するだなんて、ソレイユさんに迷惑が掛かるではありませんか。まだ御礼も十分にしていないというのに失礼ですよ!」


 周りにいる人間に聞こえないよう声を抑えて抗議する。


「ご心配なく、リュナ様」


 眉を吊り上げるリュナに、シノアが当然だと言わんばかりに断言した。


「私達のような美女に誘われて悪い気分になる男はいません。私もリュナ様もとても美しいですから」


 シノアが青銀色の髪をさっと靡かせた。

 ナルシストな発言であるが、それは決して誤りではない。

 リュナもシノアも類まれな美女。二人が並んで歩いていれば、道ですれ違う男のほとんどの男が振り返ることだろう。

 そんな美女二人から誘われて嫌な気分になる男なんているわけがなかった。


「だけど、ソレイユさんは私達にそこまで惹かれている様子はありませんでしたよ?」


「そうですね。驚きました」


 シノアが唇に人差し指を添えて溜息を漏らす。

 勧誘を受けた時のソレイユは興奮も情欲も見せることなく、あくまで自然体でクランに入ることの利害について考えていた。


「そういえば、彼は島育ちで人と会った経験が少ないのでしたね。女性経験の少なさゆえのことでしょうか?」


「それはわかりませんけど……そろそろ聞かせてください。どうして、急にソレイユさんを勧誘したのですか?」


 リュナが改めて疑問をぶつける。

 リュナはソレイユに会って、助けてもらった礼をしたいと思っていた。

 勧誘するにしても、十分に謝礼を尽くしてからするべきではないか。


「『九つ首の海蛇』」


「え?」


「彼の手を握った時、私の脳裏に浮かんだビジョンです。どうやら、神託があったようですね」


 シノアが二の腕を擦りながら唇を歪める。

 シノアは神官の家系の出身であり、占術を得意としていた。

 特に人物鑑定には定評がある。

 相手の身体に触れたり、目を合わせたりした瞬間に脳内に幻影の形で託宣が降るときがあった。


「彼の力は最優先で確保するべきものです。絶対に逃してはいけないし、万が一にも敵の手に渡るようなことはあってはなりません」


「……それほどですか?」


「彼を手に入れるためならば、私はこの身の純潔を捧げることもいといません。彼は確実にキャナリイ王国の力になるでしょう」


「…………」


 その言葉にリュナが唇を噛んだ。

 リュナとシノアがこの国にやってきたのは、祖国のため。

 キャナリイ王国を救うためにやむにやまれぬ事情があったからだ。

 この国で目的を達成し、十分な力を付けて祖国に舞い戻らなくてはいけない。


「それに……リュナ様の身体を蝕む呪いを解除するうえでも、彼の力が役に立つやもしれません」


「シノア、そのことは……」


「わかっております。彼にはまだ秘密ですね」


 シノアが気遣うようにリュナの背中を撫でる。

 二人の目的はもう一つある。どちらの目的も現時点ではソレイユに明かすことはできない。


「すまん。待たせたな」


 そうこう話しているうちにソレイユがトイレから戻ってきた。


「いいえ、気になさらないでください」


「積もる話もありますが……まずは食事でもいたしませんか?」


 先ほどまでの暗い空気を振り払って、リュナとシノアが穏やかな笑顔でソレイユを出迎えた。


「ああ、ちょうど腹が減っていたところだ」


「それはそれは。よろしければ手料理をごちそうしますので、私達の拠点ホームに参りましょうか」


「へえ、何を食べさせてくれるのか楽しみだな」


 三人は和気藹々と話しながら、並んで探索者ギルドから出て行った。

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