第21話 修羅場の後

「おっと、この格好で通りに出るわけにもいかないか」


 三人の悪党を斬殺したソレイユであるが、裏通りを出る直前で自分が返り血まみれであることに気がついて足を止めた。

 世間知らずのソレイユにだって、血の付いた服で歩き回るのがエチケット違反であることはわかる。

 本当はエチケット以前の問題なのだが……それはともかく、服を綺麗にしておくことにした。


「えっと……これだな。マジックスクロール」


 ソレイユがアイテムボックスから一つの巻物を取り出した。

 それは『マジックスクロール』と呼ばれるアイテムで、専門の魔術師によって魔法が込められている。

 スクロールを開いて読むことにより、素人でも巻物に刻まれた魔法を使うことができるのだ。


「偉大なる先生に感謝を捧げて……【浄化プリフィケーション】」


 呪文を唱えると、ソレイユの服と肌に付着していた血液が残らず消えた。

 血痕どころか、ホコリや砂粒さえも無くなっている。


「うんうん、流石は先生だ。すごい魔法だな」


 アイテムボックスにはカグヤが作ったスクロールが他にも大量に入っている。

 何だかんだで、弟子に甘い優しい師匠なのだ。

 独り立ちした弟子が困ることのないように多くの魔法を残してくれた。


「あ……」


「ん?」


 身体も綺麗にして、今度こそ大通りに出ようとするが……そこで裏通りの端に座り込んでいる少年に気がついた。

 スリの少年だ。突然の殺戮劇に顔を青ざめさせ、恐怖の表情で座り込んでいる。


「ああ、うっかりだ。忘れるところだったな」


「ヒイッ!?」


 ソレイユが刀を握り、少年に向けて振り下ろした。

 少年が両手で頭を庇うようにしてキュッと身体を縮こまらせる。


「よっと」


 そして、少年の手に握られていた財布……その紐に刀を引っかけて掬い上げる。

 回収した財布をポケットに入れて、残された少年には目もくれずに立ち去った。


「ふえ……どうして……」


 背後で少年が呆然とした声を漏らしているが、振り返ることもしなかった。

 あの悪党が言っていた。『そんなガキが頭数に入っているわけねえだろうが』と。

 ならば、少年は斬るべき対象の外にいるのだろう。


(せっかく身体を綺麗にしたのに、また血で汚すのは忍びないからな。今日は人斬りを控えよう)


 ソレイユは決して快楽殺人者ではない。

 必要であれば敵を斬る。たとえ女性であろうと子供であろうと容赦はしない。

 だが……意味もなく誰かを殺めようと思うほど殺伐とした性格ではなかった。


 大通りには相変わらず多くの人が行き交っている。

 裏路地とは雲泥の差だ。一本道を外れただけなのにここまで違うとは不思議である。


「とりあえず……今日の宿でも探そうかな」


 もうじき日が暮れる。それまでに泊まる場所を探さなくてはいけない。

 交易の中心である港町ということもあって、大通りにはたくさんの宿が軒を並べている。

 大きな宿、小さな宿、綺麗な宿、汚れた宿。

 より取り見取り、選びたい放題である。


「アレで良いか」


 ソレイユはさほど考えることもなく適当な一つに決める。

 選んだのは『カラスの七つ子』という看板が掛かった宿屋。

 そこまで高級そうではないが、軒先が綺麗に掃除されていて雰囲気の良さそうな店だ。


「あ、いらっしゃいませー」


 店の扉を開けると、ドアベルが鳴って若い女性の店員が挨拶をしてくる。

 エントランスにあるカウンターにいたのは、茶色の髪をおだんごでまとめた可愛らしい顔立ちの女性店員だ。


「お泊まりですか? おひとり様でよろしかったでしょうか?」


「ああ、一人だ。とりあえず……三泊にしておこうかな?」


「はい。かしこまりました。三泊食事付きで銀貨三枚になります。料金は先払いになりますがよろしかったでしょうか?」


「わかった。これで頼む」


 女性店員が明るい声で告げる。

 ソレイユが財布から取り出した銀貨をカウンターに置く。


「それでは、お部屋にご案内しますね。こちらへどうぞ」


 女性店員が軽やかな足取りで階段をのぼり、二階の角部屋に案内してくれた。

 八畳ほどのワンルームの部屋、ベッドとテーブル、洋服タンスが置かれている。

 壁には時計が掛けてあり時刻は午後五時だった。

 窓を開くと、夕闇が落ちつつある町並みを見下ろすことができた。


「朝食・夕食ともに六時から九時までのご提供になります。一階にある食堂までお越しください。食事を食べ損ねてしまっても料金をお返しすることはできません。服の洗濯やお湯の提供などのサービスは別料金になりますので、その都度お申し付けください」


「ん、了解した。ありがとう」


「それでは、失礼いたしました」


 女性店員がカギを渡して、深く頭を下げてから部屋から出て行った。


「フウ……やれやれだな。ようやくゆっくり休めそうだ」


 なかなか濃い一日だった。

 初めての外の世界。初めての町。

 珍しい食べ物をたくさん食べて、見たこともないような大勢の人間と会って、話もした。


「外の世界は新鮮ですね。カグヤ先生」


 夕食までまだ時間がある。

 ソレイユは少しだけ休もうと、服を着替える手間も惜しんで目を閉じた。


(そういえば……彼女、リュナはどうなったんだっけ……?)


 頭の片隅でふとした疑問が浮かぶが、すぐに睡魔に塗りつぶされて消えた。

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