第15話 決意

「瑞穂!」

 荒げた息のまま、結奈瑞穂の部屋のドアを開けた。机に向かっていた篠原碧は突然の出来事に身体をびくつかせて、振り返った。ツカツカと入って来る彼に

「どうしたの?」

 その疑問が浮かぶ。彼の表情が険しいという言葉以外に表すことができなかったからである。それに手にしているものが気になって仕方なかった。

「瑞穂の様子は? 何かわかったことあるか?」

 滴る汗を拭い、横たわる瑞穂の顔を覗き込みながら、立て続けにされる言葉に、この篠原碧はたどたどしく答える。

「修正プログラムや、システムの情報みたいなのが膨大な量あるのは分かったんだけど、それ以外は。結奈さんはずっとこのまま……」

 言葉を発する篠原碧を見る。これは歴史博物館にいて、彼を施設に案内した、あの篠原碧ではなかった。彼が見知っている篠原碧だった。

「そうか。もう一ついいか?」

「何?」

「なぜ、お前は自分のパソコンとタブレットがつなげられるとわかっていたんだ?」

 質問の意味を理解しかねる様子で小首を傾げながら、

「知ってはいなかったけど。ただコネクタを見たらつなげられそうだったから、そうしただけで……」

「それはそうよ」

 二人はその声に部屋のドアへ振り返った。そこには

「え?……あれ?」

「お前、来たのか」

 椅子に座ったまま身を反転させた篠原碧は、ドアを開け立っている、もう一人の篠原碧を見て、戸惑いの色に染まっている。現れた篠原碧は、何のためらいもなく部屋に入って来ると一直線に、机の前の篠原碧の前に立った。

「え? 何?」

 状況をまるでつかめていない篠原碧を、その篠原碧は見下ろし、

「おやすみ」

 首元に当て身をした。気を失い椅子から転げ落ちる篠原碧を、その篠原碧は机の下に落ちた消しゴムのように視線を送った。

「それで、あなたはどうするつもりなの?」

 その篠原碧にとっては、先の宣言通り千宙が何をしでかすのかを監視しなければならなかった。

「俺にはこうする以外の方法が思い浮かばない」

 瑞穂の身体を覆っていた掛布団を剥ぎ、瑞穂のタブレットを彼女の身体の上に置き、続けて篠原碧から渡された自分のタブレットをそこに並べる形で置いた

「並列に置いたからと言って解析できる情報量が大きくなるわけではないのよ」

「んなことじゃねえよ」

 ズボンの後ろポケットからペットボトルを取り出した。その口を開ける。

「……」

 無言でその中身を二つのタブレットにかけた。

「ちょっと、何やってるの? どういうつもり?」

「こういうつもりだよ」

 倒れ伏している篠原碧が気になっていた、彼が抱えていたものを、千宙は床に広げた。AED(自動体外式除細動器)だった。

「どこからそんなものを」

 冷淡な篠原碧に困惑の色が現れたことに、千宙はしてやったりな笑みを浮かべた。

「お前が案内してくれたとこから拝借したんだ」

 公共施設に設置されているそれは、当然歴史博物館にもあり、それを彼は持って来たのだった。彼は電極を瑞穂に付けた。

「まさか、それで……」

「さすがだな。恐らくご明察通りだ。お前が言ってくれたことがヒントでな」

「?」

 困惑の色が濃くなる篠原碧は、水分をかけられショートしかけている二つのタブレットを見た。

「お前、こう言ったよな。俺が磁界を変えたって。俺が思い出せるのは一つだ。俺の汗がタブレットに滴り落ちて、タブレットと俺の携帯が一瞬光ったことだ。なら、それをやってみようってわけだ。台所で塩水をこしらえて来たってわけだ」

「あなた何やろうとしているか、わかっていないわ。そんなことしたら、〈ゲンジツ〉と現実がどうなるか、いえ、あなたの結奈瑞穂がどうなるか……」

「遅えんだよ。もう決めたんだ。お前の言う通りだ。俺はこっちを選んだんだ。〈ゲンジツ〉なんていらない。瑞穂が生きてくれるなら」

 千宙はAEDのスイッチを入れた。

 けたたましい雷鳴の如き轟音と閃光が瑞穂の部屋から外発していった。

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