第12話 無数の結奈瑞穂
「早く開けてくれ。この先にあるんだろ」
この篠原碧は無言でその扉を開けた。重々しい音を上げながらその室内を顕わにする。
「な……」
千宙は一歩踏み入れてから後ずさりしかけた。彼の眼前に広がっていたのは、結奈瑞穂だった。彼女が立ち並んでいた。それも指折りも数えられないほど。この室内全体を結奈瑞穂の立像が埋め尽くしていた。
整然と並ぶ彼女たちの間を、千宙は速まる動悸のまま早足で進んだ。彼女の肩を揺さぶったり、声をかけたり、頬に触れてみたりした。彼女たちは眠ったまま立っているようだった。その肌の質感、熱感は、部屋で触れた彼のよく知っていたはずの瑞穂の状態に似ていた。
「おい、これはどういうことだ!」
扉の前で立ったままの篠原碧の元に戻った。
「シミュラークルよ」
「シミュラークル?」
「原型(オリジナル)の無い複製ということよ。あなた方が生きている〈ゲンジツ〉はこのシミュラークルによって代替されていくのよ」
「クローンてことか?」
「違うわ。元の個体があってそこから複製をつくったのではないのよ。あなたの結奈瑞穂とここにいる結奈瑞穂はすべて同じ。差異もなければ、どれが母体ということもどれが偽物ということではないの。だから、シミュラークルなのよ。それがある理由は一つ。人間が〈ゲンジツ〉に生きるということはこういうシステムだからよ。例えば骨折をする。そうすること、この中の個体から完全な健康状態の情報が〈ゲンジツ〉の個体へ伝達される。だから治るのよ」
「んなことあるかよ。医者行って治してもらうんだろ」
「ギブスして固定するだけが? では、なぜカルシウムが修復し、依然と同じような形質になろうとするのかその機能の説明ができないのかしら?」
「俺に知るわけがないだろ」
「でしょ。実際は知らないのよ。たった一つの原型なんてないのよ。どれもが原型であり、どれもが複製といえる。それが目に見えない間に相補的に自己組織化していく。それが生きるということよ。これが本当の現実。そして、ここは生産され消費される個体の情報の集積場。あなたが欲しがっているものがあるのよ。ここにある個体とホストコンピュータをつなぐUSBケーブル。それが結奈瑞穂を再起動するために必要なツールよ」
そう言われて、今一度一体の結奈瑞穂に近づいた。手首の出っ張った骨にはケーブルが突き刺さっていた。
「おい、なんだよ。これ」
再び扉まで走って行った。
「だから言ったでしょ。これが現実だって。ホストコンピュータによって制御されているこれらの個体。これは〈ゲンジツ〉にあなた方言う人間と言ってもいいものなのよ。いわばスリープ状態といったところかしらね。さあ、どうするの?」
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