第10話 そこにいたのは

 エントランスホールの中央にいた彼は、その声の方向に振り返った。階段を降りている人物を見た。そこにいたのは篠原碧だった。

「なんで、おま……」

 彼は音もなく降りてくる篠原碧を凝視した。

「お前、篠原じゃないな」

「あら、私の名前は篠原碧よ」

 階下に着き、彼に近づいて来る。身長、髪の長さ・色、顔つき、体つき、スカートの長さはさっきまであっていた篠原碧そのものだった。が、その雰囲気、口調、所作は千宙が知っている篠原碧のそれとはまるで違っていた。物静かな大人しげなそれは、今彼の目の前にいる人物からは感じられない。冷淡で淡泊で、何事にも関心を持つことはないような、あるいは何事をも知り尽くしているが故に興味をそそられていないような感じだった。

「一体ここはどうなっている。それに……」

「結奈瑞穂の再起動条件を揃える物はどこにあるのか、ってことかしら?」

 ――やはりこいつは篠原じゃない

「どこにある。瑞穂を元に戻すために必要なものってのは」

「こっちよ」

 焦りを冷静さで装う彼にうっすらと冷ややかな笑みを作って翻った。千宙はこの篠原碧について行くしかなかった。

 二階へ上がっていく。

「どうしてそこまでするの?」

 篠原碧からの唐突な質問だった。

「異常なことでこのまま寝かしたままには出来ない」

 彼の答えに篠原碧は受け答えをすることはなく、黙ったままだった。二階フロアに足が着いた。

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