眠りの瞬間

 枕に頭を横たえてうとうとしながら、私は自分の内側に眼を向ける。注意を研ぎ澄ます。今夜もチャンスが訪れた。私は自分が眠る瞬間を捉えたいのだ。

 眠りは人間が得られる最上の安らぎだ。にも関わらず、眠りの最中、人はそれを意識できない。目覚めた後に、ああ、自分は眠っていたんだ、と気づくだけだ。あるいは、眠りに入る前。色褪せたフィルムのように意識がぼんやり薄らぐのを感じながら、ああ、自分は眠ろうとしているんだ、と予感するにとどまる。

 その瞬間。自分が眠る瞬間。意識の手綱がほどけて記憶が白い暗闇に溶け入る瞬間。私はそれをどうしても意識の触手で掴みたかった。彫刻を彫るように、写真を撮るように、その瞬間をその瞬間として細部まで鮮やかに緻密に正確に自分自身に刻みつけたかった。

 私は眠りをもっと理解したいのだ。もしも眠りと死が似ているものならば、眠りを理解することは死を理解することにもならないだろうか? 毎日訪れる自分の眠りを捉えることもできずに、生涯の最後にいちどだけ訪れる自分の死を捉えることなどできるだろうか? そして、もしも私が私自身の眠る瞬間を確かに捉えることができたなら、もしかしたら、私は自分自身の死の瞬間を、自分という存在がほどけて、海に落下した一滴の雨のように、私が世界に溶け入るその瞬間を、私は鮮やかに理解できるのではないか?

 だが、私は毎日この試みに失敗していた。私はいつのまにか眠っていて、眠りの瞬間はいつも儚い彼岸のまぼろしなのだ。近づいたと思うとまた離れる。掴んだと思うとまたこぼれる。絶対に正体を明かしてはくれない。

 それでもチャンスは毎日訪れる。生きるかぎり、人は必ず眠るものだ。死が訪れるその日まで。私ほど眠りに恋い焦がれた人間がいるだろうか。生涯をかけてその瞬間を捉えようと願いつづけてきたのだ。私は今夜は違う気がした。私は今夜はやり遂げられる気がした。私に恩寵がくだる気がした。

 そして、私はついにその試みに成功した。私が眠る瞬間を私自身によって捉えた。正確に、緻密に、鮮やかに、まぼろしではないその瞬間を抱きとめた。恋が成就するように、眠りへの悲願がついに成就した。

 だから私はいま、取り急ぎこの文章を、夢のなかで書いている。

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