第2話 人ならざるモノからの依頼
サチがレイズを伺うように、上目遣いで見つめる。許可を求める時の仕草だ。
素直な養女をあまり困らせてはいけない。レイズは腹をくくることにした。
「わかった」
「うん、じゃあ代わるね」
サチが瞼を閉じ、青い目が隠れる。
「二年ぶり、くらいか」
レイズの呟きに合わせるように、眼前の少女はゆっくりと瞼を開く。
「レイズ、久しぶりだな」
サチ、いやシスは、真っ赤な瞳でレイズを見つめた。
「サチに話してもらおうかと思いもしたが、今回は自分で話すべきだと判断した。おっと、心配するな。ちゃんとサチも聞いている」
「それなら、よかったぜ」
「そもそも、隠し事の類をする機能が我にはない。サチにも少ないので学ぶことも難しい」
同じ声でも口調が違えば、こうも別人に思える。レイズは場違いな感想を抱いた。
「外で話すのもなんだし、店に入ろう。今日は臨時休業だな」
「手間をかける」
「いいよ」
連れ立って歩き、レイズの経営する料理屋に向かう。はたから見れば、仲の良い男女が早朝の散歩でもしているように思えるだろう。
サチと繋がった人ならざる【モノ】が、シスだ。明確な名はなかったが、サチによってシスと名付けられた。
四年前のあの日、サチは心と体の傷により命を失いかけていた。同じくシスも壊れかけており、お互いに補い合うことで命を繋いだそうだ。
それ以来、サチとシスはひとつの身体にふたつの人格を宿すようになった。ただし、主はサチとして。シスは必要時以外は表に出ない。
レイズにはわからないが、サチとシスは心の中で会話しているようだった。この奇妙な関係は、弱り傷ついた少女の心を癒す効果もあったのだろうと思う。
「で、なんだい?」
店内の客席に座ったレイズが、同じく向かいに座ったシスに問いかける。
「そうだな、なるべく簡単にふたつだ。それぞれレイズに依頼することもある」
「そんで直接か。律儀なこと」
「それはお前様とサチから学んだことだ」
「そうか。それはよかった」
レイズがシスと直接話した機会は少ない。サチに入り込んだ四年前。そして、レイズとサチが初めて本格的に喧嘩をした二年前だ。あの仲裁には本当に感謝している。
話す度に人間味が増している気がして、レイズは少しだけ微笑ましい気分になった。
「本題にいくぞ。ひとつは我の準備ができた。これまで、サチには苦労をかけた」
「ほう」
シスの言う準備とはサチから出ていく準備だろう。つまり、壊れかけた【モノ】が修復を終え、サチの中にいる理由がなくなったということだ。
サチの中からシスがいなくなる。それはレイズにとって歓迎すべき情報だ。特異な存在だったサチが、普通の少女に戻れるのだ。しかし、なぜかレイズの心は晴れやかではなかった。
そんなレイズを赤い瞳で見つめつつ、シスはサチと同じ声で言葉を続ける。
「ただ、問題がある」
「問題?」
「我が入る入れ物がない」
「あー、確かに」
本来シスが使うはずだった肉体は、四年前の事故で燃えてしまった。だから、緊急措置として心の壊れかけたサチの身体に同居することになったのだ。
「そこで依頼だ。予備の入れ物を探すのに協力してほしい」
「ほぅ、場所の見当は? その前に、そもそも予備はあるのか?」
「両方、あてはない」
「ないかー」
レイズは思わず、額に手を当てた。シスの依頼を聞き入れるのならば、あてのない旅をするのと同義だ。いくらサチを普通の少女にするためとはいえ、現実的とは言えない相談だ。
「もうひとつは?」
レイズは一旦、判断を後回しにすることにして、次の話を促した。その意図に感づいたかどうかはわからないが、シスは頷いた。
「我の修復が終わったことで、あれの濃度が高い方向を、ある程度正確に観測できるようになった。人が勝手に付けた名を使うのは気に入らないが、便宜上キューブライトと呼んでやろう」
「ほう」
レイズは無意識に、左目を覆う眼帯に手をやった。
「で、どっちだ?」
「極端に高いところが、各地に点在してる。方向だけはわかるが、距離まではわからない」
「そうか。関わらないで済みそうか?」
「それは、お前様とサチが判断することだ」
「……お前は、シスとしてはどうなんだ?」
口に出してしまって、レイズは愚問を口にしてしまったと気付いた。その質問は、シスの存在そのものを否定することに繋がる。
「悪い、忘れてくれ」
「そうしよう」
シスが薄く笑みを浮かべる。表情まで作れるようになったとは、レイズは軽く驚いた。
「そしてもうひとつの依頼だ。キューブライトの制御に手を貸してほしい。具体的には、濃度の高い場所の調査、使用者の確認、使用を制限するよう交渉、場合によっては実力による制圧だ。我が予備の入れ物を見つけるまでで構わない」
「……少し、考えてもいいか?」
レイズは即答できなかった。
かなりの危険が伴う旅になることは、想像に難くない。それにサチを巻き込むのは避けたい。しかし、シスが行くということは、サチも行くということだ。
そして何より、レイズはサチとの穏やかな生活を気に入っていた。
「ああ、構わない。ただし、できる限り早い返事がほしい」
「だよな、わかるよ」
少しの間、店内に沈黙が流れる。
「そうそう、お前様が戦いやすくなるような準備も、む?」
沈黙を破ったシスの言葉を塞ぐように、店の扉が乱暴に開かれた。
「ああ、すまないが今日は臨時休業……」
接客用の笑みを浮かべて入り口を見たレイズは、息を飲み込んだ。
「助けて、くれ」
よろりと店の中に入る常連の男は、全身傷だらけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます