第32話 修学旅行の夜

二人きりの夜、胸の奥で何かが弾けた。


吐く息が白く舞う冬の朝。

私たち二年生は、待ちに待った修学旅行に胸を躍らせていた。


バスの窓から見える街路樹は雪に覆われ、

わずかに残った枝に霜が光っている。


「うわ……きれい」


思わず声を漏らすと、隣の沙耶が小さく微笑んだ。

吐いた息が私のものと重なり、胸に小さな安堵が広がる。


到着した旅館は古い木造建築で、瓦屋根には霜がかかり、

玄関先の氷が陽の光にきらめいていた。


畳の匂いと温かい空気に包まれると、

指先の冷えがようやく緩んでいく。

それでも心臓の高鳴りは、まだ収まらなかった。


夕食の大広間。

蟹や鍋、煮物の香りが漂い、クラスメイトの笑い声が賑やかに響く。


普段見られない先生の笑顔や、友達のはしゃぐ姿に、

修学旅行の特別な時間を肌で感じた。


夜。


浴場の入り口で浴衣を脱ぐ瞬間、心臓が痛く跳ねる。

初めて沙耶の肌を目にし、視界に焼きついて目を逸らせなかった。


湯気に包まれた白く滑らかな肌が、淡く浮かび上がる。

形の整った胸や白い脚が、わずかに目に映る程度。

互いに息をのむ。


湯船に肩を並べると、脚が触れ、指先がかすかに重なる。


背徳感と羞恥心、そして胸の奥に微かな安心感が混ざり合い、

鼓動が水面まで伝わるようだった。


——これはしていいことなのか。


沙耶も迷っているように見えた。

それでも手は離さず、触れることを選んだ。

その葛藤が、静かに伝わってくる。


周囲にはクラスメイトの笑い声。

私たちは表情を引き締め、悟られまいとした。


それでも視線が交わると、

ただの姉妹では説明できない感情が、確かにそこにあった。


部屋に戻ると、布団が並べられていた。


最初はそれぞれの布団に入ったが、

灯りが落ち、窓から差す雪明かりが紅葉の影を照らすと、

自然と私は沙耶の布団に潜り込んでいた。


「……結菜?」


驚く声のすぐあと、沙耶が私を抱き寄せる。

温もりが重なった瞬間、昼間の記憶——

湯気の中で見た肌や胸の輪郭——が蘇り、

ますます彼女を近くに感じた。


「三年生になっても、同じクラスでいられたらいいね」


私の声に、沙耶はそっと頷く。


「……大学も、一緒に行きたい」


抱き合いながら、私たちは矛盾した感情に包まれていた。


背徳の緊張。

羞恥の痛み。

触れ合う安心感。


すべてが入り混じり、胸の奥で静かに火花を散らす。


私の頬に触れた沙耶の手が、凍てついた心に温もりを届ける。

涙が自然に頬を伝い、言葉は要らなかった。


互いの存在だけで、すべてが確かだとわかる。


暗い夜、布団にくるまり、私たちは寄り添ったまま眠った。


胸の奥で、孤独も恐怖もすべて緩やかに溶けていく。

そして、まだ知らない未来への小さな期待だけが、

優しく灯っていた。

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