第31話 恋人のような机
机を並べた距離が、心を少しずつ近づけていた。
期末テストが迫る中、私と沙耶は二段ベッド横の小さな机で並んで勉強していた。
教科書とノートを広げると、天板はすぐにいっぱいになる。
肩が触れそうな距離で鉛筆を走らせると、
狭さよりも、不思議な安心感があった。
「ほら、またここ符号を間違えてる」
沙耶が私のノートに視線を落とし、赤ペンで印をつける。
「……えっ、ちゃんと見直したはずなのに」
「途中式をもう一回確認して。ここさえ気をつければ解けるから」
さらさらと彼女の手が動き、余白に正しい解き方が添えられていく。
説明は簡潔で、先生よりもわかりやすかった。
「沙耶って、本当に頼りになるよ」
口にした瞬間、心臓が跳ねた。
彼女は少し照れたように笑う。
「頼りにしてくれるなら……私も頑張れる」
その笑顔だけで、眠気も不安も吹き飛んだ。
母に褒められることのなかった私にとって、
沙耶の一言は光のように胸を照らしてくれる。
翌日、小テストの答案が返された。
私の点数は、これまで信じられないくらい高かった。
「水瀬、よく頑張ったな」
先生の声に胸が熱くなる。
「やっぱり南條さんと仲いいよね」
教室の後ろから、クラスメイトの囁きが聞こえた。
二人の関係は、外から見れば仲の良い義姉妹にしか見えない。
けれど私の胸を満たしていたのは、答案用紙よりも、
隣の席から向けられる沙耶の誇らしげなまなざしだった。
机を並べて過ごす時間が、
私たちを少しずつ“恋人”のように変えていく。
そのことに気づいているのは、きっと二人だけだった。
放課後、帰り道を少し遠回りした。
街路樹にはクリスマスイルミネーションが灯り始め、
冷たい冬の空気に光が反射して瞬いている。
「きれいだね」
思わず足を止めると、沙耶がそっと私の手を取った。
驚いて彼女を見ると、前を向いたまま小さく笑い、
表情を隠すようにしていた。
「手、冷たかったでしょ」
「……うん。でも、もうあったかい」
握られた手のぬくもりが、街の灯りよりも鮮やかに感じられる。
「これからも、一緒に頑張ろうね」
沙耶が小さく囁いたとき、
胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じた。
私は強く頷き、彼女の手を握り返す。
イルミネーションに照らされた影が、重なり合ってひとつに見えた。
その夜、机を並べて座ったときのぬくもりも、
冬の灯りも、まだ心の奥に残っていた。
期末テストを乗り越えることも、
来年を迎えることも、そしてその先の未来も——。
沙耶と一緒なら、大丈夫。
「恋人のような机」で交わした時間が、
そう確信させてくれていた。
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