第8話 真夜中に響く夫婦の声
夜の静けさが、恐ろしくなる瞬間がある。
聞きたくない音が、布団越しに心を乱した。
晩御飯を終えたあと、私と沙耶は自然と自室に籠ることが多くなった。
中間テストも近いから、机を並べて勉強するのが当たり前になっていた。
分からない問題があると私は沙耶に聞き、
彼女はためらいなく教えてくれる。
その優しさが、最近はとても心強く思えていた。
シャーペンの音に混じって、玄関のドアが開く気配がした。
——浩司さんが帰ってきた。
母はまだ戻っていない。
胸の奥でその事実がひっかかり、
「お父さん」と呼べるのだろうか、とふと思った。
やがて勉強を切り上げ、机の灯りを落とす。
「おやすみ」
「……おやすみ」
小さな声を交わし、それぞれ二段ベッドに潜り込んだ。
目を閉じると、今日の出来事が浮かび上がり、
やがて薄暗い眠気に沈んでいく。
——いつ母が帰宅したのかは覚えていない。
夜半、じめっとした空気に包まれて目が覚めた。
雨が降ったあとの湿気が布団にこもり、寝苦しさがまとわりつく。
耳に届いたのは、隣室から漏れる微かな声。
間違いなく、母の声だった。
笑い声とも泣き声ともつかない、掠れた吐息が、
壁を透かして滲んでくる。
私は息を止め、布団の中で耳を塞いだ。
頭の奥に黒いもやが広がった。
どうしても聴きたくないのに、音は確かにこちらへ届いてくる。
そのとき、下の段から布団がわずかに軋む音がした。
気のせいかもしれない。
でも、もし沙耶も目を覚ましているのだとしたら——。
同じ音を聞いているのだと思うと、余計に胸が痛んだ。
暗闇の中。
静かな夜に、聞きたくない音だけがいつまでも響いていた。
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