第9話 仲良し姉妹の仮面
私たちの笑顔は、仮面にすぎなかった。
「仲良し姉妹」——その虚像が教室を支配していた。
沙耶は成績も優秀で、誰とでも自然に話せる。
さらに生徒会の役員も務めていて、先生や同級生からの信頼も厚い。
休み時間には友人たちに囲まれ、笑い声の中心にいる。
窓の外では、梅雨入り前の曇り空が広がっていた。
湿気を含んだ風が教室に入り込み、ノートの紙をわずかに揺らす。
黒板の隅には「中間テストまで二週間」と書かれた文字。
それを見上げるたび、胸の奥が少し重くなった。
その隣にいる私は、まだ「転校生」のままだった。
声をかけてくれる子はいるけれど、どこかよそよそしい。
私の机の周りには、いまだに埋まらない距離感が残っていた。
担任の先生が気を遣って話題を振ってくれることもある。
でも本当に助けになっているのは、隣の沙耶だった。
ノートをさりげなく見せてくれたり、プリントの取り忘れを渡してくれたり。
そんな細やかな仕草が、私の呼吸を支えていた。
ある日の休み時間。
夏の気配が忍び寄り、教室の窓際では団扇であおぐ子がいた。
まだクラスになじめない私は、窓の外を寂しげに眺めているだけだった。
校庭では運動部の掛け声が響き、風に混じって土と汗の匂いが届く。
そんな中、ふと背後から笑い声がして、誰かが言った。
「仲良しだね、二人って」
沙耶はにっこり笑って「まあね」と答えた。
その笑顔に、周りの子たちもつられて笑う。
けれど私は気づいてしまった。
笑っているのに、その視線はほんの一瞬だけ遠くを泳いだことに。
教室の空気は温かく弾み、私たちは「仲良し姉妹」として映っているのだと実感した。
けれど——私の胸は重く沈んでいた。
本当にそうだろうか。
家では言葉少なく、夜は母が不在で、食卓には沈黙ばかりが漂っている。
時に、聞きたくない音が壁を透かして忍び込み、
そのたびに心の奥がざらついた。
「仲良し」という言葉が現実と乖離すればするほど、心に重りのようにのしかかる。
どうすれば、この教室で自分の存在を確立できるのだろう。
私がここにいていいのだと、自分で思える日は来るのだろうか。
不安はまだ強く、心の底で濁り続けていた。
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