第7話 義母を拒む義姉の言葉
母の笑顔は、あっさり拒絶された。
ある日の放課後。
私と沙耶が並んで帰宅すると、キッチンから母の声が聞こえた。
「おかえり。もうすぐできるからね」
テーブルには湯気の立つ味噌汁と、肉じゃがの甘い匂いが漂っていた。
母はエプロン姿で菜箸を握り、どこか張り切ったように見える。
私たちは並んで座り、三人だけの食卓が始まった。
「どう? 味、濃くない?」
母が沙耶に尋ねる。
「……別に」
短い返事のあと、沙耶は黙々とご飯を口に運んだ。
母は笑顔を保ったまま「そっか」とだけ言う。
けれど私は見逃さなかった。
母が浩司さんの話題を出そうとするたび、沙耶の箸が一瞬止まることを。
その横顔に落ちる影は、まるで「父を奪った女」を見据えているかのように思えた。
口に出されることはない。
けれど、冷たい火種が胸の奥で音もなく燻っている気がした。
食事を終えると、母はバッグを肩にかける。
「じゃあ、私そろそろ行ってくるね」
鏡の前で口紅を直しながら、私たちに視線を向ける。
「お父さんの晩御飯は用意してあるからね。浩司さんが帰ったら、電子レンジで温めてあげてね」
沙耶は一瞬だけ母を見て、すぐに目を逸らした。
「……分かってる」
その声は強がるようで、指先は震えていた。
母はその言葉を受け止めきれず、無理に笑顔をつくった。
沙耶は俯いたまま、母は靴を持つ手を震わせた。
二人の視線は交わらず、その間に私は取り残されているように感じた。
「そう。お願いね」
そう言って玄関へ向かう足取りは、どこか小さく見えた。
靴を履くとき、母は一瞬だけ振り返った。
声をかけたいのに言葉が見つからない、
そんな表情のまま、結局ドアを閉めた。
ドアが閉まり、家の中が静けさに包まれる。
私の胸には重たいものが沈んでいた。
引っ越してからもう一か月近く経つのに、母と沙耶が親しく話している場面を見たことがない。
母は必死に家庭に馴染もうとしている。
けれど、その努力はどこか空回りしていた。
沙耶は母に優しく接することはなく、時折、冷たい視線を送る。
その視線の奥に潜むのは——嫉妬か、軽蔑か。
私には説明できない感情。
ただ一つ確かなのは、その火種を感じ取ってしまう自分が、いちばん辛かった。
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