第5話 愛馬の毛並みは漆黒。名をウマモドキ?

「マオ様! お休みのところ大変恐縮ですが、朝でございます!」

そう叫び詫び?ながら、カーテンを開けたのはチューンであった。


急な日差しに怯みながら起きると、すでに朝食の準備ができていたらしい。パンにスープ、それに野菜といったものが揃っていた。


チューンは昨日とは違い、いかにも中世の貴族、というような装いであわれた。

肩やロングスカートの端には白いレースが施されており、彼女の金の髪を翡翠の飾りで一本に纏めている。

控えめに言っても美しい女性であった。


彼女は準備があると言い部屋を出る。席に座り、しっかり味のするパンを平らげる。やはり、この世界は夢なんかではない。


とりあえずタンスから黒いシャツを取り出し羽織る。昨日と全く同じ服な気がするが、チューンの趣味なのだろうか。


そして、しばらく経ってもチューンは現れなかったので、そのまま1階まで降りることにした。


例の操作魔法もとい、チューンのハープから繰り出された律術たるもので、黒い何かは一生懸命モップなどを使いながら床拭きに勤いそしんでいた。


なぜか、彼らも自分の存在に気が付くと、一つの眼をパチパチとさせ、恥ずかしそうにぺこりと挨拶をするのだった。なんか、かわいい。


1階の大広間にたどり着く。そこには、玉座の部屋と同じような巨大なステンドガラスが存在していた。


龍、虎、鳳凰に頭を二つ持つ亀。そこで気がついた。これは四聖獣であるとうことを。青龍、白虎、朱雀、玄武とそれぞれを言ったはず。でもなぜ。


そして、さらにもう一枚のガラスがあるが、そこには黄色の龍、鯨のようなもんが描かれている。

後で暇なときにチューンに尋ねるとしよう。


とりあえず、何はともあれ外に出てみたかった。昨日から部屋の中にずっといた。そと空気をほとんど吸わない今までの自分では信じられない状況でもあったからだ。チューンには準備すると言っていたので待っていた方が良いのかもしれないが、我慢ならない。


そうして巨大な門の前に立つと、主を知っていたかのように自然と開かれた。

ギギ、と王室と同じような鈍い音を立てながら、次第に日の光が室内を照らし始める。


全てが開かれた時、巨大な道路というよりは、細い獣道のようなものが、一つだけ伸びており、それ以外は昨日見た草原の世界であった。


少し遠くには丘陵が見える。そしてさらに奥は雄大な青い山脈が望めた。

城下町、というものは存在しないようで、草原の丘。海の近くの岸壁にぽつりと城が立っているだけ。それが、我が真王? 魔王城の状態であるらしい。


数歩進んで体を伸ばし深呼吸した。

控えめに言っても、最高に空気はおいしかった。魔界。想像するゲームのものとは全く違う印象だ。


その時、遠くから黒い巨大な何かが向かっていることに気がついた。

緑と青の世界に相反する漆黒の存在が凄まじい速度でこちらに向かってくる。少し大きい。人の二倍、いや。三倍か。

そしてその姿が次第に露になってくる。


馬だ。漆黒の馬。しかし、ユニコーンのような頭には角が伸びている。


「わ。わわ」


その馬はどんどんと自身に近づく。眼前に迫ると、馬は大きく二本の足で立ちあがり、鈍い音で叫ぶように鳴いた。俺の知る馬の鳴き声とはほど遠い。


そして、その上がった足に、踏み潰される!!

そう思ったが、馬はそのまま自分の足に頭を下げ、ぺろりと靴を舐めた。


「ま、ま、マオ様っ!!」

その時、頭上から声がした。

チューンが二階の窓から、飛び降りてきたのだ。そのまま、忍者のように自分の横にうまく着地する。


「だ、大丈夫ですか。お怪我は」

「いや。全然大丈夫だぞ」


チューンはその返事に肩を下ろす。次の瞬間、近くにいた異形の馬に気がつき、飛び上がった。

そもそも落ちてくる時になんで気がつかないのだろうか。そもそも二階から落ちてくも無事なのか。


「う、馬? いやそんなわけ」

彼女は狼狽していた。


「馬がいちゃあおかしいのか。まあ、馬には見えないかもだけど」

「はい。馬、というのは今じゃ人間界。あ。ええと、四大陸、東西南北の国々でしか今はいないはずです。なにしろ、この地は強いヒビキの影響で、普通の獣は生きていられませんから」


「じゃあ、こいつは一体」

「も、申し訳ありません。分かりかねる、というのが今のお答えになります。私めの知識では限界でございます! ちょっと今晩にでも徹夜して調べ上げる所存です!」

「いや。いいって」


しかし。


この馬は、明らかに懐いていた。黒い毛並み、瞳は深紅であり『馬』ではないのだろうが、初対面でありつつも愛情のようなものを感じるのはなぜなのだろうか。馬は頭上げ、自身の背へしきりに視線を向ける。乗れ、ということなのだろうか。


「お、おっけ。乗れっていうなら、暴れないでくれよ」

すると思いが通じたのか、馬は姿勢を低くした。なぜそんなことができるのか分からないが、足を折るようにして、乗りやすいように背をこちらに向けた。するとすんなりと騎乗することができた。


「お、おお」

視線が大分高くなる。


「な、なんと荘厳なお姿。王の振る舞いとはこのことっ!」

チューンは何やら興奮しているが、気にしないした。背中に手を置くと、ひんやりと冷たい。冷たいが、ドグドグと熱い鼓動を感じることができた。


「チューン。そういえば、今日はこの辺りを案内してくれる、と言ってたな」

「ええ。もちろんでございます」

「俺はこの、ええと『ウマモドキ』でいくとする」

「う、ウマモドキ。ええと、素晴らしいネーミングセンスでございますっ。ええと私めは、歩いていきますので」


「歩き? こいつにお前も乗っていけばいいだろ」

すると彼女は首を目を大きく見開く。


「よ、よろしいのですか」

「もちろん。この国? この場所がどの程度広いのか分からないけど、徒歩よりかはマシだろ」

「王と相乗りだなんて、こ、こ、この上なき至高でございまする!」


そう言って、再び足を折るウマモドキにチューンも乗る。

「よし。それじゃあ行こうか」

「は、はい!」


手綱がなかったのが心配であったが、馬は主人のために忠実に歩いてくれた。

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