第6話 インプの村

「しかし、本当に何もないな」


馬?に揺られること1時間ほど。草原の世界から何一つ変化が見られない。

そもそも人の気配はもとより、獣。ええと、ここでは獣という獣は住んでいないから、生き物の気配すら感じない。


「センターにて、私たちが住まう城は言うなれば東端にあたります。そこから中心の霊峰『オルフェウス』に至るまでは草原と森の世界が。その峰を超えた先は荒野と沼地が支配する西部地域が見えてまいります」

「そうなると、こっちの方はまだマシってことなのか」

「そうですね。何をもって良い状態とするかが難しいところではありますが。そうですね。ここをもう少し進んだ先に、私たち魔族の一種。インプ族が住まう村がございます」

「……インプ。大分ファンタジーじみてきたな」


そうこうして、数十分。ほどなくして村が見えてきた。

丘からは質素な家が30軒程度並んでいた。自分のよく知る村、とイメージは変わらない。


「そういえば、チューンも魔族なんだよな」

村までの獣道を下りつつ尋ねてみた。

「私はバフォメットという種族に当たります」

「バフォメット……」

なんとなく名前は前世で聞いたことがあるが、姿形までは思いだせなかった。


そして門の前にたどり着き、ウマモドキから降り立つ。

「さて。ここからが大事ですね」

「大事?」

同じく降り立ったチューンは神妙な顔持ちで頷く。

「もちろんです。この大地。いえ。世界シンフォニーを統べる真王が巡幸じゅんこうしたのです。威厳が漏れ出しているのはもちろんですが、キチンと国民に王の降臨をお伝えせねばなりませんからっ」

「いや。ちょっと見て回るくらいの感覚だったんだけど」

彼女は聞く耳を持たず、閉じられた門の前に行くと大きな声を張り上げた。

「この度、この地に再び降臨された真王。マオ様がこの村にまで巡幸された! ただちに門を開け、歓待せよ」

すると、門が開かれる。


そこに現れたのは、腕を組み、疑いの目を持った男の老人であった。

インプと聞いて身構えていたが、人間と遜色はなかった。白髪混じりであり、細い目は人間さながらだ。しかし、尖った耳や背中に生えたコウモリのような翼が生えているという圧倒的な違いはあった。


「どこの誰かと思ったら、魔王城のチューンじゃないか」

少しな威圧的な態度。


「知り合い?」

チューンに尋ねる。

「はい。こんな距離ではありますから。良き隣人といったところでしょうか」

「そんな風には見えないけど」

「族長。久しいですね。ただ一つだけ言わせてください」

す、と彼女は一歩踏み出す。


「頭が高い! 真王の御前である!」

「こ、声がでかい!。真王だと? そんな嘘信じられるか」

インプの村長は彼女に向かい食らいつく。


「嘘だと……っ」

ふ、とチューンの雰囲気が変わったのだが分かった。そして指を鳴らし、巨大なハープが現れる。


「こ、この娘。やる気か。お前たち!」

インプの長も声を上げる。すると、空から10人ほどの男のインプが降り立った。

彼らの手には小さな太鼓を持っている。一見すると珍妙な光景だ。怒った顔の異人同士が楽器をもって睨み合っている。


しかし。それは、珍妙なものではなく。激しいものであることがすぐに分かった。

「どん、どん、どん」

男たちは自身のリズムを口でも刻む。その小太鼓が鳴るにつれ、次第に彼らの体に電気が帯びる。


太鼓の音が電気と姿形が変わったのだ。

「まじかよ」

そして、再びインプの群れはチューンに向かって迫る。対して。


チューンは少し浮かび上がり、ハープの音をつまびく。

狂想曲ラプソディ第2番。漆黒の虚像ダストゴーレム

激しい演奏が始まると、城内で蠢いていた黒い生き物が地面から無数に湧き出す。そしてそれらは集まり出し、5メートルを超えるであろう黒い一つ目の巨人となった。


「待て! チューン」

巨人がインプへ。インプは電撃を浴びて突撃しようとした寸前で止まる。

「待て。族長も待ってください。俺はつい昨日この世界に来たばかりで、何も分からないから見て回っていただけなんです。お願いです」

「見て回ってきた、ねえ。頭を下げられたら敵わん。お前たち、一旦待つんだ」

族長は理解を示してくれたようで、彼らを制してくれた。


「チューン。お前もだ。その、黒いやつをしまえ」

「ですが」

「命令だ。やめろ」

「わ、わかりました。ダストたち。帰りなさい」

そう言われ、黒い巨人は上から崩れ去り、バラバラとなった精霊達はそのまま地面や草むらへと消えていった。


「別に危害を及ぼそうとしたわけではないんです。族長」

「族長ではない。私はズーイと言う。お主は」

「俺は大地マオ。昨日この世界に来ました」

「ふむ。それで本当にお主はこの地でずっと全ての魔族が待ち侘びていた真王だと言うのかね」

ズーイは、近づき尋ねる。

「どうやら、ええと。そうらしいんだ」

チューンの方へ振り返る。彼女の助け舟を期待したが、怒った猫のようにフーと息を激しく上げている。


「それを証明することはできるのかね」

「証明ですか……。どうだろう」

再びチューンへ振り変える。まだなお「シャー」と怒っているので、手で落ち着くように諭す。


「なあ。俺が真王だという証明ってあるのかな」

彼女は我に帰る。

「王に証明など不要です。獅子が獅子であることを、わざわざ釈明はしません。その鬣たてがみを風で揺らすこと、それ以上に証明する方法はありますでしょうか」

ええと。つまり、無いというこのなのだろう。

「申し訳ないが、今の俺はとりあえず『真王』だと言い張る以外にないみたいだ」

「はっ。ははは」

ズーイは大きく笑った。

「これは面白い事を抜かす御仁だ。まあ、たとえ王であったとしても、今の私らにとって畏敬の念を抱くには少々遅すぎだがね。とりあえず、久しぶりの客人として案内させていただこう」

「——この」

またもや琴線に触れたのか、怒り出そうとする従者チューンを諭しつつ、ズーイの後ろをついていくことにした。


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