第4話 楽器の力
「……が厨房となってございます。といっても料理人の類もおりませんが」
探索。結局、城を見て回るだけで夕方になってしまった。廊下を歩きながら、落ちゆく二つの太陽を眺める。
城は全部で地下1階から地上5階で構成されていた。部屋数は客間、寝室。まあ当然かもしれないが、妻がいる場合の王妃の部屋、子供部屋。
使用人の部屋から、側室の部屋まで無数に存在していた。
だが。
「今はチューン一人しかいないんだな」
「はい。大変申し訳ありません。かつては臣下の一族が沢山いたと聞いていましたが、今は私一人しか残っておらずでして。なんとかこの城を保ち続けるのも精一杯なのが実情でございます。あ。申し訳ありません。こんな言い訳がましいことを王の目前で。どう非礼をお詫びすれば……」
「あっ。いいんだって。でも。どうやって一人でこんな広い城を面倒見ていたのさ」
「それは、簡単は話でございます。そうですね。お見せした方が早いかもしれません」
そういって、彼女は再び指を鳴らす。すると。
紫の閃光が弾けると同時に同じ色をした巨大なハープが何もないところから突如現れた。
「な、なんで!?」
「これは自身のヒビキを最大限の効果を発揮させるための『楽器』というものです」
「いや。楽器なのは分かっているけど、なんで何もない場所からハープが。手品、なのか!?」
「え。ええと。なんで、と仰られても。出せるからとしか言えず」
ヒビキ。楽器。自分の過去の記憶で知っている言葉だが、違うものでもあるということなのか。
「真王様も出せるはずですよ」
「えっ。俺も?」
自分もこんな魔法が使えるというのか。
「ええと。いろいろとご質問があるかもしれませんが、先に一つ目のご質問に回答させていただきます」
そういって、チューンは目を閉じる。するとハープと一緒に彼女は浮き上がる。そして、ぽろん、ぽろん。とハープの弦をつまびく。
そしてメロディーが生まれると、次には黒い丸に一つ目の小さな生き物がわさわさとどこからか溢れ出てきた。
「うわうわ。気持ち悪い!」
虫のようにも見えるし、小動物にも見える十センチほどの塊は、どうやら彼女のハープの音と連動しているようであった。
彼らは城のありとあらゆるところへ飛び回り、箒を持ち始めたり、雑巾を持ったり動き始める。
「あ、操っているのか」
「はい。これが私の
彼女の奏でるハープ。それが魔法、もとい音力として、この使い魔のようなものを召喚して操っているということだ。
「この子たちに掃除全般はお願いしていたのです」
「なるほど。すごいな。音楽がそのまま魔法なんだな」
この世界の面白さに率直に感動した。
「申し訳ありません。真王様。人がおらずこんな状況でありまして」
彼女は一通り演奏すると再び、指を鳴らす。すると先ほどまであったハープは一瞬にして消え去った。
黒い何かは、まだセカセカと働いている。しばらく効果は続くらしい。
「いや。いいんだ。いいんだ。むしろありがとう。でも一つお願いがあるんだけど」
「なんなりとお申し付けください」
チューンは喜んだ顔を浮かべる。そしてその場で膝をつき、しゃがみ込む。
「俺のことはマオって呼んでくれないか。なんか、『マオウ』と呼ばれるのはどうも好かない」
「そ。そん、そんな、大逆罪にあたるようなこと出来ませぬっ!」
彼女は顔を真っ赤にして怒るように言った。
「いや。でもさ。ほら偶然俺の名前もマオっていうし、マオウ様っていうのとそんなに変わらないだろ。あと、もっと気軽に接してほしいんだ。なんか、毎度、そんなに平伏されるのも困るしさ」
「そ、そんな残酷なことを。真王様は分からないのです。何年も何十年も仕えるべき存在が現れず、ただただ部屋を掃除しては来たる時を待ち侘びて枕を濡らす。そんな従者の気持ちなど。あ。まあ、そんなこと王はしったこっちゃなくて良いのです。でも。でもですよ。今日という日を、私は。私はっ!!」
「ああ! もう分かったよ。それじゃあ、呼び方だけマオにしてくれ。それ以外は任せるよ」
「ぐ、ぐぐぐう」
苦虫を潰したような顔をしながら、渋々彼女は頭を下げた。
「わ、わかりました。ま、ま、マオ様」
『様』が抜けていないことが気になったが、これ以上のお願いはやめておいた。もっと気軽に接してくれ、というお願いをなぜ気を使いながらしなければいけないのかは良く分からないが。
「では、ま、ま、マオ様。こちらが先ほどまでお休みになられていた寝室でございます」
そうこうして、自身が最初に運びこまれた部屋に戻ってきた。相変わらず心地よい海風が入ってくる。ここを魔界と呼ぶ人がいるというのが不思議なもんだ。
「少し夜にもなりましたし、城外の視察は明日でも良いかと思っているのですが」
「そうだね。ちょっと俺も疲れた」
1日中城内を歩き回った、だけであったが。そもそもあり得ないことが連続した1日でもあった。
「それでは。本日はこちらでチューンは失礼いたします。私めも、この城内には詰めておりますので、何かありましたら、あちらを」
彼女はそう言って、ベッドの横にある呼び鈴を示す。
「ああ。ありがとう。ええと、なんというか、助かったよチューン」
「そんな、滅相もございません。そ、その。お、
そう言ってチューンはぴゅん、と漫画のような速度で消えてしまった。
条件反射的に足はベッドの方へと向かってしまう。
「つ、つかれた」
シャワーなどがあれば入りたい気分ではあった。が、そんなものがあるのか分からないし、なによりも疲れていた。
それもそうだとは思っている。死んだと思ったら、蘇った。そしたら、よく分からない世界に、それも王として転生したらしいのだから。
ぼふ、布団に倒れると、瞼が自由落下してしまう。
本当はいろいろと考えなければいけないことがあるはず。だが、今はこの睡魔に勝つことはできなかった。
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