第3話 魔王降臨

続く世界大戦。自分が住んでいた国「日本」。数多あまたの国々が介在する大戦の渦に、不戦を貫く日本という国が免れることは不可能であった。


2037年。<かの国>と<某国>が戦争状態に陥り10年が経過した時、経済は混乱に陥り、世界の国境がなくなったかと思えたネット時代など過去の遺物であったかと思うほど狭く息苦しい世界となった。


大学生から世界を歩き回り、血で血を洗う戦いを繰り広げるそれぞれの当事者とも触れ合った俺としては、この状況は理解できなかった。


自分に音楽のセンスはなかった。なかったが学生の時に仲間で行ってきたバンド活動の名残なごりでギターを持ち、それぞれの国の人たちと触れ合い、歌い合った。その時に感じたのは、間違いなく彼ら彼女らは、皆楽しく生きいているということ。

にもかかわらず、バーや居酒屋、パブで歌いあった彼らの喉は今、助けと自身を戦場へ赴かせるために鼓舞する雄叫びをあげるものとなった。


ただ、俺にとって、それは、それだけは解せなかった。なぜ、戦うのか。


同じ人間。美味しいものを食べたら笑顔が溢れ、愛する人を持ち、心地よい音楽が流れた時、体が自然と揺れ口ずさむ。それは皆同じだ。にもかかわらず、なぜ戦うのだろうか。


俺はそれが理解できなかった。二十代も半ばになりかけた時、心と体がようやく一致した。

このままではどうにもならない状況を。少なくとも俺が知っている「人」の本質、その本質を頼りにこの戦争に反抗を行うことを決めた。

反戦的、反体制、そういった類たぐいのもではない、人の何かを信じるための行動だった。


封鎖された国境を越え、戦時中でありながら、ありとあらゆる手を使って、各国を渡り歩いた。

ギターを片手にキャンプを回っては、子供たちと歌う。時には兵士たちを訪れ、拘束され幽閉された。しかしそんな中でもギターを演奏する。

すると決まって、皆で歌っていた。


それは各々の陣営に行ったとしても同じであった。

そして、核心した。人は、音楽が好きだ。そして、平和を求めている。

かつてそれを歌い、凶弾に落ちた伝説のミュージシャンも言っていた通りであったのだ。


そしてある日。転機が訪れた。戦線のど真ん中まで、流れ着いた俺は、その日の夜も歌っていた。


「お前、その曲って」

<某国>の兵士が口を開いた。<彼の国>に捕虜として簡易的な牢屋に閉じ込めれていた髭を無造作に伸ばした男が突然叫んだのだ。


「俺はその曲を聞いたことがある。前その曲、お前歌っていなかったか。『愛を込めて〜時を止めて〜』うん。やはりそうだ」

「おい、捕虜の分際で話かけるんじゃねえ」

<彼の国>の兵士は銃口を男の頭にぶつける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたと一緒に俺は歌ったことがあるのか」

「ああ。今から1ヶ月前か。キャンプで難民と一緒だったんだ」


自身も記憶を辿る。そして思い出した。<某国>の将校。今でこそ、ボロボロで昔の姿とは似ても似つかない。しかし、こんな途方も無い旅を続ける自分を歓待し、拘束させるこなく、現地の人々と歌い踊ることを許してくれた張本人であった。


「あの時の」

「ああ。因果なもんだ。戦い、今こんな状態になっちまったが、またお前の曲を聞けるとはな。確か名前は」

「マオ。大地マオ。」


会話を聞いていた<彼の国>の兵士は今度は自分に銃口を向けた。

「お前、スパイだったのか」

「違う。そんなわけあるか。俺はただの流れ者だ」

「じゃあ、なんでコイツと面識があるんだ」

「それは、以前この人と歌ったことがあるから、で」

ぐい、と体に銃口が強く突きつけられる。その反動でギターが落ちる。ボロン、と間抜けな音が広がる。火を囲い楽しんでいた皆も神妙な面持ちとなった。


「やめろ」

そこに現れたのは身なりを整えた軍人であった。将校であることは、つけられた勲章の数からわかることができた。


「申し訳なかった。大地マオ。俺たちも気が立っているんだ。あんたがスパイでもなければ、ただのエンターテイナーであることはよくわかる。なにしろ血の匂いがまったくしないからな」

「は、はあ」

「しかし、こうして歌を歌うってのは楽しいもんだな。歌なんて戦争が始まる前にやったカラオケ以来だが、なんか明日また銃を持って戦うのがバカらしくなってくるのは不思議なもんだ。なあ、中尉」

将校は牢屋にいる捕虜に向け言う。


「ああ。実際、お前さんたちが歌っている中、俺もしれっと歌ってたんだが、誰も気にしなかったぜ。結局、そんなもんなんだろう。戦争なんて。誰もやりたくないし実際今の方がずっと楽しい。これはここにいる皆が全員思っているはずさ」

敵対する国々の男はそれぞれがしばらく見つめ合った。


「提案だが1日だけ。この戦線だけ停戦してみないか。それでコイツの下手な歌を聞いて、酒を飲むってのはどうだ」

牢屋に歩き、男はしゃがみ込んだ。


「——それは、とても素敵な提案だ。だが、今の俺には何もできないぞ」

手錠された手を掲げて見せる。

「釈放する。それで、中尉。あんたの力でお宅らを説得してほしい」

無精髭の男は驚いた顔をしながらも、大きく頷いた。


「大地マオ君。君の歌はどうやら届いたのかもしれない」

牢屋から出てきた男、そして将校の三人で握手を取り交わす。

自分が行ってきた反抗が一つ形となった瞬間であった。


「大地フェス」と称された自分のコンサートは問題なく実施された。場所は戦線のちょうど真ん中。仮につくられた舞台。


青空に太陽のみが支配する絶好の日和。薬莢などが散らばる中に、簡易的な木箱などが置かれ宴会場が出来上がった。


それぞれの陣営の兵士、戦地で逃げていた住民たちが不安そうになりながらも、一同に介していた。

確かに、この時。この場所で停戦が実現したのだ。


「こんなこと本部にバレたら、一発で処分だ。でもここまでワクワクするのは久しぶりだ」

無精髭を剃った男は、壇上に立つ前の自分に向かいそう言った。


そして、演奏を始めた。すると、はじめあった緊張感は直ぐに解け、二曲目に入るころには、どんちゃん騒ぎになった。


色の違う制服を着た兵士たちは肩を組み歌う。遠くでは胸派か尻派か、現地の住民も交え大真面目な顔で議論をしている。


「いいぞマオ!」

皆からの歓声。そして、その光景を見た時、涙が出てきた。

やはり、自分は間違ってなかった。


「なあ、少尉。明日もマオのコンサートをやらないか」

「明日? 明日だけなんて言うな。今週いっぱいの間違いだろう」


戦った彼らも、また戦いを強制されていただけ。皆同じなのだ。

「よっしゃ。盛り上がってきた。三曲目行くぜ」

周りの拍手と歓声を受け気分も絶好調。思わず空を仰いだ。

その時。真っ青な空に、巨大な存在が複数見えた。

そして轟音が聞こえる。何かが落ちてきている。


その瞬間。近くで爆発が起きた。


「な、なんで」

その場にいた兵士たち、将校たちも驚きたじろいでいた。

「停戦されたんじゃ」

「お前の国が裏切ったのか」

周りはざわめく。そして、さらに近くで爆発が起きる。近くに造られた座席が吹き飛んだ。


泥なのか肉片なのかわからないものが飛び散った。そして周りが炎に満ちる。


「どうして」

そして近くに再び爆発。爆撃が始まったのだとようやく悟った。

「きさま、貴様裏切ったのか!」

「お前だろうが」

わからない。うまく行っていたはずなのに。歌と踊りの舞台は、血と硝煙が支配する世界へと豹変した。


誰かが裏切って本部へ報告したのか。わからない。しかし、今わかるのは、成功したと思えた自分の本懐ほんかいは、その逆で無数の犠牲者を生み出しているということだった。さっきとは違う涙が溢れてきた。


子供の死体。跳び散る大地。血に濡れた草原。


「だめ、なのか」

人は同じ。音楽は世界を救う。平和に導く。


飛行機のエンジン音。爆弾が空気を裂く音。人の叫ぶ声。爆発。破壊。血。


ギターを鳴らす。しかし、それ以外の音が大きすぎて、弾いている自分にも聞こえない。

空を仰ぐ。


真っ青な空。そして次第に近づく物体。爆弾。


──俺の力不足。音楽で世界は救えなかった。


そして視界は消えた。

これこそが、俺が死ぬ前にみた最後の光景であった。



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階段を歩き、5階にたどり着いた時、大扉が眼前に現れた。

「こちらです」

チューンがその扉に触れると「ぎぎ」と重厚な軋む音が響き始めた。何年、何十年、いやそれ以上と開かれなかったかのように鈍い音を立て、その扉が開かれる。


長い廊下と、その背後にあるステンドグラスの光が目についた。角笛を吹く帽子を被った男の絵。ガラス越しに七色の光が部屋に差し込んでいる。

そしてその廊下の先。階段を登った先にいろいろな楽器が金で彫刻された椅子があった。

これが玉座と一見して分かった。


一歩、一歩とその廊下を歩む。

チューンは階段まで後ろまでついてきたが、階段の麓ふもとで膝を着いた。

その石階段を俺は進む。埃が舞うが気にはならなかった。そして椅子の前にたどり着いた。

「俺が王様か」

──力がなかった。がゆえに、戦争を止められなかった。


音楽の力。それを信じている。それは今も変わらない。しかし、結果として、あの時、爆撃は起きた。


両国の戦線は間違いなく一時停戦となったはずであった。

自分の音楽に陣営など関係なく、楽しんでくれていた。


しかし、それはすぐに破られてしまった。きっと誰かが密告したのだと思っている。いや、そもそもどちらの国は偵察などして分かっていたのかもしれない。


だがそれらはどうだってよかった。結果として、あの時、戦場は復活してしまったからだ。しかし、結果を生み出してしまった根本の理由は何か。


それは一人の反抗では意味を成さなかったからだ。


人間、男一人が、ギターを持って平和を呼びかけたところで、その声は一つの地域には届いたかもしれないが、全世界には届かなかったのだ。

だからこそ、俺は負けた。ただの一介の一般人という、弱さゆえに。


だが。

だがこの世界では。

椅子に触れる。手を通して何かを感じた。


この土地で死んでいったものたちの泣く声。今も戦地で死にゆくものたちの声。数多の悲しみの音が椅子を通して感じてくる。


どす、と大きく腰を下ろす。

「チューン」

「はい」

眼下にいる彼女は顔を上げた。


「王として宣言する。この世界を俺が統治して平和をもたらす。だから協力してくれ」

「はは!」

この場で唯一の臣下は大きく返事をした。


そう覚悟は決まった。

決まったのだが。

「で、ごめんなさい。俺は、一体何からすればいんだろうか」

「ぷっ。あ、申し訳ありません。つい」

チューンは堪えきれず笑い声をこぼす。

「そうですね。まずは辺りをご案内させてくださいまし」

そう言って微笑んでみせた。

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