第2話 音楽の世界
シンフォニー。それがこの世界の名前。
ここは遥か昔、神々が大地に生きていたその時に奏でた数々のメロディの残響に満ちている世界とのことらしい。
そして、その残響はこの世界では『ヒビキ』という概念として呼称しているようであった。
残響ヒビキは目に見えず、もはや耳からも聞こえないものであるが、確かにそこには存在しているという。
なぜか。
ヒビキには力があるからだ。ヒビキは大地を揺るがし、風を起こし、雨を降らせ、木々を燃やす力を持つ。
さらには、傷を癒やし、物を宙に浮かせる、人の心を読む、といった魔法染みたことを行う大本の力だという。
(俺はヒビキというのは、いわば前世で知り得たゲームの知識でいうマナ。魔力の源泉ようなものと解釈した)
「今、チューンさんが皿を浮かべた魔法は、そのヒビキってやつを使ったんですか」
「はい。さすが真王様。お察しが早いですね。しかし、一つだけ僭越ながら若干の補足を。私めが行ったあの行為の名は『
「ええとオンリキ、それにりつじゅつ、ですか」
「まあ、魔法の一種と捉とらええていただければ問題ありません。ヒビキというのはあくまで源泉に過ぎません。宙に残るヒビキ。周りを取り巻くヒビキ。自身から込み上げるヒビキ。そういったあらゆる場所に存在する力を、私の指先の弾く『音』で、具現化させた力としたのです。それを『
チューンは頬に手をやり、恥ずかしがりながら部屋の隅へ身を寄せた。
「あ。あのチューンさん。大丈夫ですよ。話を続けて」
「チューン」
隅っこにいたと思った彼女は強く。そう言い放った。
そして今度は自分の目の前に走り寄った。
すると顔が自分の目の前に。それ以上に、彼女の黒いローブの隙間から柔らかそうな魅惑の谷間が見えてしまう。なんとかそれに目を背ける。
「な、なんですか」
「チューン、と呼び捨ててください。その敬語もやめてください。私め、チューン・シュムティング。シュムティング家は、真王様にお仕えするために生まれてきた一族です。佐官と申しましたが、私のことは付き人いえ、使用人、いえいえ。奴隷と思ってくださいまし。さあ、チューンと。『チューンさっさと続きを話せ』と、強くお叱りください!」
彼女の顔は自分の額に触れるほどであった。興奮のあまりか瞳孔が開いているようにも見てとれた。
「ええと、チューン。さっさと続きを、話せ……」
「は、ははあ」
彼女は満面の笑みを浮かべると再び地図の前へと戻っていった。
「こほん。つまり、この世界はヒビキに満ちた『音』の世界ということになります。そして人々はヒビキを『音力』として使役しています。さらには楽器を使うことで、その力をさらに増幅させることも可能、というわけです」
「ここは音楽の世界ということか」
現世との連続性を図らずも感じる。そう音楽。現世の時から、下手な横好きのように、ただがむしゃらにギターを片手に歌っていた俺。だから自分がこの世界に転生した、というのだろうか。
「はい。そしてここからが本題になります」
「本題?」
「はい。今貴方あなた様、真王様が治められる、真中の国。
そんな音に満ちた世界シンフォニーは大きく4つの大陸で構成されているという。
東西南北にそれぞれ、小さな陸路は存在しつつも海に囲まれた世界。
そして、その方位に則した名が大陸名、もとい国名となっているようであった。
一つめ。東国。名をイスト。
東国は古くから存在する山々や川が支配する場所だという。人々は弦楽器や横笛などを嗜み、自然と調和する生き方を続けてきた民族が集まる国だ。
太古の山に住まう精霊が未だ存在している伝説もあるらしい。
東国は、
二つめ。西国。名をウェスタ。
西国は、石で作られた街。それも繁栄した都市が多く存在する自由な経済大国だ。ギターやトランペットといった楽器で、その場でライブをするなど大らかで、それでいて刺激を求める人々が住まう国だ。
国王は存在しつつも共和制を敷いており、人々が選挙によって定めた議会が国をまとめており、人口も他の国よりも一番多く、土地も多く所有している状況らしい。
三つめ。南国。名をサ・ウス。
南国。イメージの通り、熱帯に属するその国は、数多の島々をあわせての総称であるらしい。無数の島を有するという特性上、領地の大半は海だ。それぞれの島には独自の民族が存在しており、議会とは異なるらしいが、各民族の長があつまる寄合のようなもので、政治的な意思決定をおこなっている。国民は大味で、情熱的な人々が多いようであった。
四つめ。北国。名をノースベルタ。
雪原が支配する一番の広大な領地をもつ国。しかし、ヒビキそのものが少ないらしく、常に枯渇状態でもある。寒冷地でもあることから、食糧資源ともに乏しく、それらを求めるために近隣国に戦いを挑む好戦的な姿勢も持つ。
帝王の独裁のもと、最近ではヒビキに頼らない「機械」による新たな生活様式を築こうとしているようだ。
この四カ国は常に戦いを繰り広げているという。「戦い」という言葉が自分の心に刺さった感覚があった。
そして。
「最後にここ。
「かつて、というのは」
「真中の国は元々この世界を作り出した神がいたという伝説が残る聖域でした。しかし、もうこの場所をセンターと呼ぶ者はいません。今、この場所を人々は『
「魔界……。まさか真中の国の『ま』と魔界の『ま』がかかっている洒落だなんて言わないよな」
随分な呼ばれ方をするようになったと素直に思った。
「そうですね。当たらずも遠からず、と言ったところでしょうか」
彼女は続ける。
今から数百年前。伝説の通りセンターはかつての東西南北の四カ国から聖域として見做されており、いわば不可侵の土地であった。
『真中の国』という通り、確かに国家体系は持っていたが、人口は少なく、古くからそこに住んでいる人間、また神々の従者として仕えていたとされる民族、『真族まぞく』のみが細々と暮らしていたという。
しかし、ある時、その不可侵は破られることになった。何が起きたか。
「この場所は名の通り、四カ国のそれこそちょうど中心に存在する島国です。だからこそ、それぞれの国は、この場所を『要地』と見るようになったのです」
「ここを占領できれば他の大陸に対して侵攻を行いやすい、そういうことか」
チューンはこくり、と頷いた。
「龍の巣が存在する。人には耐えきれないヒビキが存在するなど、そういった数々の伝説、もとい迷信は存在していたようですが、合理的な判断の元には意味を成さなかったようです」
そして、この島に人々が訪れた。
「ある国が入ってきたら、その次はそれを阻止するための他の国が。そして続いてさらに違う国が。結果として、この場所が戦場と化したのです」
自身の領地ではなく、別のどこかで戦いが繰り広げられる。それこそ前世のどこかで聞いた話でもあった。
聞いていながらも強く拳を握り締める自分に気がつく。
「何十年と戦いは続きました。しかし決着は着きませんでした。人が死ねば、さらに新たに増員される。それの繰り返しです。どこかの国が支配することも、されることなく、四カ国の戦線が島の中で、いったりきたりを繰り返す。そんな地図上の線を引くために四カ国の兵士、私たちの先祖、元々住んでいた人々が大勢死にました」
目を閉じて彼女の話を聞いていた。まだ、この場所に来たばかり、転生したとかいう実感は無いが、瞼の裏には沢山の戦火が見えた気がした。
「そして、死者の叫びがこの場所に文字通り残響されていった結果、迷信は真実となったのです。人には到底耐えきれない『ヒビキ』がこの場所には残ってしまったのです」
「人が生きていけない場所になったということか」
「そうです。ヒビキは良いものもあれば悪いものもある。怨嗟えんさ、断末魔だんまつまが良い音色なはずがありません。その音たちが土地に響きつづけた結果、四カ国の兵士達はその力に耐えられず、勝者が不在のまま退散し以降現れることはありませんでした。結局、この場所には誰も触れようとはしなくなったのです。そしていつしかこの場所の名前が変わりました。神々がいた真中の国ではなく、人が生きていけない『魔の世界』、『魔界』と」
「ちょっと、待ってくれ。でもすくなくともチューンは今、この場所にいるじゃないか」
「今もこの島には人々は住んでいます。人間ではなく、真族。『魔ま族」は、ということになります。いわば、このヒビキの中で、生きていくしかなかった者たちが結果として、適応していった結果なのでしょう。耐えられなかった者たちは皆死んでいったと、古くからの言い伝えで聞いております。ここに住まう生き物も、姿が変わっていき今では異形いぎょうの姿から『魔物』と呼ばれるようになりました」
酷い。
少し聞いただけでも、嫌になるような話であった。
そして、この話は前世にも聞いたことがあった話でもある。戦い、戦争。その影響で関係のない人々、生き物も巻き込まれ全てが変わっていく。自分が前世からずっと憎んでいた話だ。
「私。チューンは、一族から代々ある想いを託され、日々祭壇に祈っておりました」
「想い、というのは」
「真王の復活です。異なる世界の記憶を持ち、はるか昔から変わらぬ意志を持ち続けてきた人間が現れた時、神々の時代以降不在であった玉座に座る者が降臨する。そしてその王は真の世界王として、平和を安寧をもたらすと」
傍に座るチューンの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「今日。ようやく悲願が叶ったのです。真王様がこうして目の前にいるのですから」
「俺がマオウ……」
本当にそうなのだろうか。この場所に来て1日も経っていない。
それより、まだこの場所がどうなっているのかも分からないのだ。にもかかわらず「あなたが真王」、いや「魔王」だなんて言われも正直ピンとは来ていない。
それより、実は自分は生きていて、タチの悪いドッキリに引っ掛かっている可能性だってあるわけだ。
そう、まだ俺は何も分からないし、知らない。そもそも王なんて教科書やゲームでの話しか知らない。
ましてやシンフォニーとかいう世界だって、なんのことかさっぱりだ。
──でも。
「なあ。チューン」
顔を手で覆い、ぐすぐす泣く彼女の肩に手を置く。
すると、ぴくりと体を震わしこちらを見た。
「その玉座に案内してくれないか」
「も、もちろんです」
彼女に連れられるように、一つの決心とともに部屋を出た。
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