第2話影海の噂

 翌朝。

「おはよう」

綾音が教室に入ると、泰斗と沙耶が声を揃えた。

「おう」「おはよう、綾音」


 その横を、影海が静かに通り過ぎて自分の席へ。

綾音は少し迷ってから声をかける。

「ねぇ、影海。おはよう」

「え……あ、水島さん。おはようございます」

「昨日はキャベツありがとう。助かったよ」

「いえ。野菜スープには問題ありませんでしたから」


 「へえ、料理できるんだ」

綾音が目を丸くすると、影海は小さく肩をすくめる。

「水島さんこそ?」

「私? お好み焼きとか、焼き飯と焼きそばくらいかな」

「中々に……偏ってますね」

影海の口元が、わずかに笑った。


 そのやり取りを見ていた沙耶がひそひそ声を出す。

「ねえ、あの二人、なんかあった?」

「さあ? てか影海って、あんな風に笑うんだな」

泰斗が驚いたように呟く。


 ――昼休み。

「そういえばさ、影海の噂聞いた?」

沙耶が身を乗り出す。

「噂?」泰斗が首を傾げた。

「中学の頃、相当ヤンキーだったらしいよ」

「マジで?」綾音が思わず声を上げる。

「普段見てると全然そうは見えねぇけどな」泰斗が眉をひそめる。

「だから綾音も気をつけなよー」

「はいはい。噂で人を判断しない。今の影海は普通だし、陰キャだけど」

「まあねー」沙耶が肩をすくめた。


 ――放課後。

校門近くを歩く影海の背中を見つけ、綾音は小走りに近づく。

「ねえ、影海。あんたって――」


言いかけたその瞬間、

「水島さん」

影海が前に立ち、片手を伸ばした。


 ――バシッ。

目の前を横切った野球ボールが、その手に吸い込まれる。


「すみません!」

駆け寄ってくる野球部員に、影海は無言でボールを返す。


「怪我、ない?」

静かな声に綾音は瞬きを繰り返す。

「だ、大丈夫……てか、全然気づかなかった……」


 影海はわずかに目を細め、ほんの一瞬だけ鋭い光を宿した。

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