陽陰

戸部

一学期編

出会い

第1話キャベツと陰キャ

 公立風間高校、四月下旬。

どのクラスも少しずつ馴染み始める頃。


 二年二組では――


「はぁー、古典の授業疲れたー」

犬上沙耶が机に突っ伏し、続いて水島綾音も頷く。

「わかる。しかも最近あったかくなってきたし、ほんと地球温暖化ムカつくー」

「俺なんて古典の間は爆睡。ノート真っ白だぞ」

賀川泰斗が笑いながら言う。


 三人は一年の頃から仲が良く、二年も同じクラス。

クラス内の“陽キャグループ”の一角だ。


 その時、教室の隅から男子二人の声が聞こえてきた。

「なあ、あれ見ろよ。影海のやつ、高二になっても誰とも話してねえ」

「ほんとな。今が一番楽しい時期だってのに」


 「影海?」綾音が首を傾げる。

泰斗が窓際を指さした。

そこには少し長髪で眼鏡をかけ、外をぼんやり眺める男子がいる。


 「あー、あの子か。話したことないなあ」

沙耶が小声で言った。


 ――そして放課後。


 綾音は用事があり、友人より先に帰宅した。

部屋着に着替えると、夕飯の買い出しへ。


「今日の夕飯当番だし、スーパー行かなきゃ」


 夕暮れのスーパー。

値引きコーナーで最後の一玉となったキャベツに手を伸ばしたその時――

隣から伸びてきた指先と同時に触れてしまう。


「……あ」


 顔を上げると、そこにいたのは窓際の彼だった。


「影海くん?」

「えっと……水島さん、でしたっけ?」

意外にも柔らかい声。


「キャベツ、買いたいんですか?」

「え、あ、うん。今日お好み焼きの予定で」


 影海は一瞬ためらい、軽く首を振った。

「それならどうぞ。僕は野菜スープ用にちょっと考えただけなので」


「でも悪いよ」

「大丈夫です。タマネギとニンジンはもう買ってますし、キャベツはなくてもなんとか」


「……そ、そう?じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」


 キャベツを手に取った綾音は、軽く会釈してその場を離れた。

去り際、影海が小さく笑った――気がした。

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