「呼ばれる影」

人一

「呼ばれる影」

「この人形、もう古くなったからいらな~い。」

そう言って、わたしはくたびれた人形をゴミ袋に放り込んだ。



私は最近、迷惑電話に悩まされている。

決まって放課後、帰宅途中に非通知でかかってくる。

毎回律儀に出るも、相手は無言無音かガチャ切りされる。

友人には「そんなの無視すればいいじゃない。」なんて言われるが、電話を無視するのはなぜか落ち着かないので出てしまう。

そんなこんなで、今日もまたかかってきた。


――ピリリリ、ピリリリ

「はい。もしもし。」

『…………も……もしも…………もしもし……』

「え!?も、もしもし!」

『もしもし。私メリーさん。玉利薬局まで来てくれない?』

初めて誰かに繋がったかと思えば、イタズラ電話とは……

どこかガッカリした気分で、返事もせず電話を切った。

「それより、電話の向こう女の子なんだ。しかもちょっと幼い感じの。

てっきり、おじさんが出るのとばかり考えてたよ。」

私は薬局に足を向けて歩き出した。

呼ばれたからではない。用事があるからだ。


薬局に到着して、なんとなく周りを見回すもおかしな所は何も無い。

用事を済ませ、店から出ると電話がかかってきた。

「もしもし。」

『もしもし。私メリーさん。玉利薬局に来てくれたのね。

じゃあ、次は多坂公園に来てちょうだい。』

「なんで……って、言うだけ言って切られたよ。」

とりあえず、多坂公園は帰り道にあるのでついでに寄って行くことにした。


公園に到着した。

いつもは子供たちで賑わっているが、もう帰ったのか寂しさが占拠している。

夕暮れの公園は、誰かのボールが転がっている以外何も無い。

立ち去ろうと踵を返した、その時電話がかかってきた。

「もしもし。」

『もしもし。私メリーさん。あら、もう着いたのね。じゃあ次は段郷の交差点ね。』

「ねぇ、あなた……って、また切られた。しかも段郷の交差点ってまた帰り道にあるし……なんなの?」

どこか引っかかる気持ちをよそ目に歩き出した。


段郷の交差点に到着した。

普段から、車通りが少ないとはいえ今日はやけに人気もない。

静まり返った交差点を、赤と青の光がアンバランスに照らしている。

「周りには特に何も無い。」そう思い横断歩道を渡ろうとした。

その瞬間――

向こう側の公衆電話がいきなり鳴り出した。

「えっ?公衆電話に……着信?」

――ジリリリ、ジリリリ……

理解できない状況に固まっていると、公衆電話の着信音は止み代わりに私の携帯が鳴り出した。


少し震える手で、恐る恐る電話に出た。

「……もしもし?」

『もしもし。私メリーさん。あら、ごめんなさいね。呼び出し先間違えちゃったわ。

今度は野芥トンネルね。』

「ちょっと待っ……やっぱり切られた。

それより、今度は野芥トンネルか。

帰り道じゃないし……いいか。」

私は、電話内容を無視して自宅へと歩き出した。


「今日帰ったら何しよう。課題まだ終わってないな。」

他愛のないことを考えながら、ぼんやり歩いていた。

気づけば、私の足は自宅ではなくトンネルへと導いていた。

目の前には、もう何年も前に簡易的に封鎖されたトンネルがぽっかりと口を開け佇んでいる。

「どうして……」

自宅とトンネルは東と北のように、まるで違う方面にあるので間違いようがないはずなのだが……

そろそろ日も落ちかけ、何もせずとも不気味なトンネルがさらに不気味に強調されている。

今度は前をしっかり見て、帰ろうとした。

その時……再び電話がかかってきた。

着信音がトンネルに反響して、聞き慣れたはずのメロディーは大きく不快な音色に変わっていた。


「もしもし……?」

『もしもし。私メリーさん。

あなたの家……この先じゃなかったっけ?

まぁ、いいか。

じゃあ、最後はあなたの家ね。

――待ってるよ。』

「……」

やはり返事をするよりも早く電話は切られた。

とりあえずこの不気味な場所から、一刻も早く立ち去りたかったので走って家に向かった。


脇目も振らず町を走り抜け、自宅にたどり着いた。

周りに人気はなく誰もいない。

ちょっとした安心感を覚えながら、扉に手をかけたが……

――ガチャン

街灯にまばらに照らされた夜に、スライドドアが抵抗する音が響いた。

「あっ、鍵かけたんだった。」

カバンを漁り、鍵を探していると電話がかかってきた。


「……もしもし?」

『もしもし。私メリーさん。今あなたの後ろにいるの。』

思わぬ発言に、するりと携帯が手から滑り落ちた。

――振り向くべきでは無い。

そう心は警鐘を鳴らすが、首は身体は言う事を聞かずゆっくりと振り返った。


そこに立っていたのは……私だった。

私と同じ顔。

私と同じ服。

私と同じ携帯を右手に、どこか見覚えのある人形を左手に持ち笑みを浮かべながら立っていた。

『はじめまして。いや……久しぶりかな?

私メリーさん。』

そう言った。いや、そう言われた。

幼く、酷く耳障りな声で。

私は恐怖に固まり、顔を引き攣らせていた。

反面目の前の私は、至極楽しそうな笑みで顔を引き攣らせている。

『やっと会えたんだし――また遊びましょう?』

「――

悲鳴が響くよりも早く、私は夜に消えた。

玄関前には、画面のひび割れた携帯がポツンと1つ取り残されていた。



真っ暗な玄関前が、前触れもなくほのかに照らされた。

――ピリリリ、ピリリリ

新たな着信が、何処かの誰かから再び届き始めた。

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「呼ばれる影」 人一 @hitoHito93

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