第9話 最終回 繋げ世界
私が神くんにお願いしたのは、消した人間を元に戻す事。後は私の責任。
神くんに伊藤、店長、敬介が世界に戻ったことを告げられ、お腹に手を置く。ズキズキと子宮が痛む。
私はその足で、職場へと向かった。まだ休暇になっているはずだけど、関係ないそんなの──。
職場に着くなり私は、伊藤を呼び出した。
「誉さん、急にどうしたのよ? ……ていうより、体調は良くなったの?」
伊藤は久しぶりに会う私の顔を見て、不安げな表情をしている。どうやら神くんの言った通り飲み屋街で会った時の記憶は消えているようだ。ありがたい。
「体調は良くなったよ。休みの間ありがとう伊藤さん……あのね、私、口コミの件ちゃんと謝ってなかったよね──ごめん。私、伊藤さんのお客さん苦手で全然喋んなかったし、怪訝な態度も、出てたと思う、それに、早く終わらせたい気持ちが雑になったのは事実で……本当にごめんなさい。でもね伊藤さん。その前に言われた私のお客さんが陰湿とか言われるの、辛かった。他にも私にスタッフの悪口とか遠回しな嫌味を言われるのも嫌だった……だから、今回の事で痛み分けにしてほしい。お互い嫌な所があっても、向き合って、遠慮とか配慮できるようにしていきたい。伊藤さん、それじゃだめかな?」
真っ直ぐに、伊藤の目を見て話した。伊藤は私の話しに瞠目し、口を開く。
「……私も、あの後言い過ぎたなって、後半なんて関係ないことまで持ち出して怒ってごめん。本当は誉ちゃんが倒れて、一週間休むってなった時、連絡しようと思ったんだけど、できなかった。私のせいだったらどうしようって思ったら、少し手が震えちゃって何もできなかったの。情けないでしょ……いつもはさ、虚勢張って自信あるように見せてるけど、いざ追い込まれると、私ってダメなのよ。美容師って自信ないとダメじゃん? だからか、誉ちゃん見てるとやればできるのにやらない感じがして、ついあたっちゃってた……ごめん」
私は驚嘆した。意外な返答だったし、あの飲み屋街で出会わなかった伊藤はこんな事を思っていたのか。まぁ、あえて不倫のことは触れないでいよう。偽物の恋愛ごっこも、滅亡が明日だと知っている私にとっては、とても可愛いことだと思えた。
最後に伊藤と握手してお別れをした。明後日からまたよろしくって、大袈裟じゃない? って言われたけど大袈裟ってより、
次に敬介に連絡した。今夜もう一度会いたいと。敬介は何の疑いも無く快諾し、今夜pm6:00に待ち合わせをした────。
二〇二五年十月七日pm6:19
A県N市N駅
駅構内にある時計塔の下で待ち合わせをし、敬介を待つ。人々の往来がピークのようで、忙しない靴音が、今の私には心地よく感じる。
「お待たせ! 仕事長引いて遅くなっちゃった」
敬介は胸の前で合唱し謝罪し昨日と同じスーツを着ている。左手の薬指に指輪は無い。
「誉、どうしたの? 昨日会ったばっかなのに、会いたいって? もしかして……恋しくなったとか?」悪びれる様子もなく、茶化す敬介。
「敬介、今日仕事? 休みって言ってなかった?」
「え? ああ、急に呼び出されたんだよ。ほら営業って客の都合しだいじゃん? 誉も接客業だからわかるっしょ」
「そう。敬介、私に言ってないことない?」
訝しむ私を、一瞥しキョロキョロと視線を泳がす。確信犯だと改めて思う。
「なんで? 特に黙ってることなんてないと思うけど……」
私は一息吸い込み言う。
「あんた、今年の五月に結婚してたでしょ? なんで黙ってたの?」
敬介は口ごもりつつ徐々に語気を強める。
「……まぁ。てかそれが何? それ確認するためだけに、呼び出したの? タチ悪いんだけど。もしかして、一回抱かれただけで彼女面してるの?」
それを私は黙って見つめた。
「敬介の言う通り。私には関係ない。だけど聞かせてほしい、何で私を抱いたの?」
特に悩むそぶりなど見せず、嘲るように言った。
「誉さ、付き合ってた頃、やらしてくれなかったじゃん? あれ結構ムカついてたんだよね。貞淑ぶってお高く止まってるのか知らないけど、昨日まで処女って、思わず笑っちまったよ。ま、ちょっとした学生の頃の仕返しだよこんなの」
自然と怒りは込み上げてこなかった。だけど、この男の奥さんのことは、気の毒に思う。だから私は思いっ切り敬介の頬をぶった。これはあなたの奥さんの怒りと過去の私への手向け。って言う大義名分なのかもね。
敬介は何も言わなかったが、私は最後に助言した。
「浮気したって他の女とセックスしたっていい、だけど、今日ぐらい奥さんと過ごしてやって……もう敬介とは二度と会わない。でもほんの一瞬たしかな温もりを感じさせてくれて、ありがとう。嘘でも嬉しいことってあるんだね──……さようなら」
──私は走った。人々の往来をかき分け地下鉄に乗り込み人目も憚らず泣いた。
最寄の駅に到着し、コンビニに寄り、ストロング缶を二本買い。始まりの公園へと向かった。
着く前に一本飲み干し、公園内に入る。一週間前よりも冷えるみたい。もうすぐ今年も終わるのに世界は来年を迎えられずに消えるんだ。
いつものベンチに腰掛ける……?
「あれ? このベンチ、神くんが壊したはずじゃ……」
「直しておいた」
声の方に振り向くと、いつもの如く神くんが足を組んで座っている。
「本当にあなたって神出鬼没。もうすこし……いいかもう、慣れたし」
「咲洲誉。足掻きは終了したのか?」
神くんは目を瞑りながら訊く。
「うん、もういい。後一日で人を好きになるなんて絶対に無理。それなら明日はお母さんと妹に会いに行きたいし、後はお父さんのお墓参り。私だけが知ってる地球最後の一日を満喫したいの」
「随分清々しい表情をするようになったな。この一週間どう感じた?」
「はは、何? 今日、おしゃべりだね……はぁ、刺激的だったよ、すんごく。まさか二十七年間守ってきた貞操をすんなり捨てるなんて夢にも思ってなかったし、それがまさかのずーーっと引きずってた元彼で、運命みたいな再会だよ? さらに結婚してるとんだクズって、どんなお笑いだよって話。それにあの銭ゲバホスト! 逆にこの一週間で男のクズなところしか見てないっつうの!」
ケタケタと笑っていても神くんはあい変わらず、無表情だ。
「でもね、こんな男にしか巡り会えなかったけど、少し強くなれたかなって思う。伊藤にも言いたいこと言えたし、敬介にも一矢報いたのも、前の私からは想像つかないかな。ま、明日終わると思うと、ただの投げやりなのかもしれないけどさ」
「ワタシから見ても驚くほどの自己認識と自我の成長だ。やはり意識への執着ではなく、実践的かつ生命への危機的状況こそ恒久的な世界の循環。意識依存への脱却もあり得るのかもしれない」
「何言ってるかさっぱりだけど、いいこと言ってるの?」アルコールも回ってきたのか、余計に何を言っているのかわからない。
「可能性の話だ」
「あっそ、まあ新しい世界の参考にでもしてよ」ベンチから立ち上がり神くんの前に立つ。
「こんな状況にでもならないと、変わらなかった人生だけど、可能性で言うならこれからの私の人生どんな感じになるのかは気になったかな……敬介に酷いことされたけど、その分私のお父さんとお母さんって本当に仲が良かったんだなって思えたし、未練みたいなのも無くなって、今は新しい恋とかしてみていいかなって、思えてるんだよね。今更だけど。敬介のこと忘れられなかったのってプライドの高い私を守りたくて記憶に蓋をしてた。でも蓋を開けて傷ついてその痛みを受け入れたら逆にスッキリしたの。不思議だよね人って意外と受け入れたら腑に落ちちゃうことってあるんだって……可能性か、まだまだ変われる可能性ってたくさんあるのか……もっと早く気づきたかったな」
目を瞑っていた神くんが目を開け私の前に立つ。
「状況終了。現時点をもって咲洲誉の観察の任は解かれた」
「え? 解かれたってまだ一日あるよね?」
「残り一日での変化を見込めないと判断したまでだ。たいした差異はない」
「ってことは、今すぐ滅亡って事? 嘘でしょまだ家族にも会えてないのにあんまり──」
「保留だ」
言い終える前に割って入る神くん。
「え?……」
言い終えると神くんは背中を向け歩き出していた。
「ちょっと! 保留ってどう言う事!?」
「保留は保留だ。すでに精査員は撤退を始めている。存続と決まったからには直ちに私という、異物は消えなければならない。世界でどんなパラドックスが生じるかわからないからな」
背中を向けたまま星を見上げる神くん。
「咲洲誉。案ずることはない。貴様が生きている間に第二の精査が入ることはないだろう……良くやった」
今、聞き間違えじゃなければ、誉められた? 瞬きをした瞬間────神くんは消えていた。
私は頬をつねる。痛い、夢じゃない現実ってことは……私世界救ったの?
「うっそー滅びる前提で、伊藤さんにあんなこといっちゃったし、敬介のことぶったのにぃ……訴えられたりしないかな……はあ、まあ何とかなるかな?」
まん丸な月の横をゆっくりと移動する赤い星が見えた。もしかしたらあれが神くんが言っていた精査員さん達の船かな……私は手を振った。久しぶりに星を見た。宇宙から見た私達なんてチンケで取るに足らない存在なんだ。でも小さな命が栄える地球をもっと好きになろう。きっと私達に出来ることってそれくらいなんだから────。
六十年後
ここは、月の内側。月とは地球観測の為に作られた星。その内部は精密な機器で埋め尽くされた鉄の惑星。そこには、人類とは異なる者が存在する。その者達は数億年前に肉体を捨て意識だけの存在となり電子世界を構築しその中で営み、地球を観測している。
電子世界
真っ白な虚空の世界に小学生のような見た目の少年が一人佇んでいる。その少年に忍び寄る人影が一人。
「やあやあ、久しぶり神くん」
「……咲洲誉か、終わったのか? 後、神くんはやめろ」そこには六十年前世界を救った咲洲誉が当時の容姿で立っている。
「享年八十七歳、老衰ですね」
咲洲誉のような何かは続ける。
「神くんで慣れてるんだよセラス。君のおかげで、咲洲誉は随分変わったよ。結婚出産普通を享受し、人類史の幸せを謳歌してこの世を去れたんだ。やっぱり肉体で感じる幸福は擬似体験に勝るね」
「貴様は、咲洲誉に滞在しすぎたようだな。感情制御が必要そうだ。しかし咲洲誉の脳に寄生していたにもかかわらず貴様は何故何もしなかった? 介在していれば楽に済んだものを」
「そこなんだけど、意識的存在の私達って肉体で受けた感動に弱いんだよ。彼女はすごく敏感だった。肉体を持たない私達は意志が弱いんだよ支配しようとしても無理だったのが事実、だから傍観するしかできなかった。予めその可能性も視野に入れてたでしょ? でもほらセラスがフォローしてくれたから何とかなったじゃん、マッチングアプリの件は最高だったよ! あれからの変化が著しかったよね」
セラスは呆れたと言わんばかりの細目をしているが、咲洲誉は続けて言う。
「保守派の君が精査員統括で良かったよ、じゃなかったら今頃地球滅亡だったよね」
セラスは答える。
「そうならない為に、感情快楽者のお前を選抜し咲洲誉に潜入させ経過観察を経てあの日、貴様からの『継続』報告さえ聞けていれば手間を取る必要もなかった。何の役にもたたなかったな間抜けめ」
「いやいやあの時間に公衆電話を使ってセラスにコンタクトとったのは英断でしょ? 頑張ったんだから無意識に割り込むの。でも良くやったよセラス、今や滅亡派のほうが過半数以上を占めているのにさ、でもさでもさセラス、咲洲誉に最後良かったなって言ったのって私に言ったの? それとも咲洲誉?」
「さあな」
セラスは口角を少し上げる。
「今セラス笑った? セラスも感情に当てられてんじゃん」
何もない真っ白な空間に地球の映像が流れる。それをセラスは眺める。相変わらず無表情であるがどこか安堵しているような、どこか郷愁に浸っているようなそんな面持ち。
彼は地球に焦がれているのだ。
『WORLD★エンドラン』
end
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