第8話 夜明け前

 敬介と別れた理由は正直わかっていない。高校卒業した後も付き合っていくものだと思っていたから、驚いた。理由を尋ねても同じ大学に行けないなら別れたいと言われ、それ以上は教えてくれなかった。その時私はその理由が全てなのだと受容し傷つかないように蓋をしたのだ。


 思えば、私は当時敬介にキスぐらいしかしていなかったし、性行為もあえて我慢させて本当に私を大事にしてるのか試して、先延ばしにしてた……結局、飽きられていたのだと気づくのに、五年かかった。


 

 二〇二五年十月七日地球滅亡まで後一日


am7:30


 目覚ましなしでこんなに早く目覚めることなんてないのに寝起きがすごくいい。


 素肌に真っ白なシーツが触れるのってこんなに気持ちいいって知らなかった。体を起こすと、隣にはまだ寝息を立てている敬介がいた。


 「私、しちゃったんだ……」


 下腹部に手を当てる。初めての後はジンジンするって言うけど、奥の方が鈍く痛む。終わった後は異物感もあったけど、今は無くなっている。


 私は性行為自体初めてだったけど、やっぱり敬介は手際がいいって言うか、凄く慣れている手つきだと思った。女性の敏感なところを分かって焦らしたり、愛撫する姿は、女性経験が豊富なのだと感じた。


 私はベットから起き上がり、部屋を見渡す。ラブホテルも初めてで、この歳でようやく、大人になったのだと、感慨深くもある。


 床には私と敬介の服が散乱しており、片付けようと、ベットから降り敬介のスーツの上着を拾うと──キン、と金属音のような音が、して床を確かめると、シルバーの指輪が転がっていた。


 ドン、と心臓が鳴る。


 嫌な予感。


 ゆっくりと指輪を拾い上げる。指輪の装飾に小さなダイヤが埋め込まれ、ティファニーのロゴに内側には刻印が刻まれていた。


 "A&K 2025.5.1 You are Everything"






 ────pm 9:00


 『おはよう! てか先帰るなら教えてよーお金サンキューなまた時間ある時教えて! また飲みにいこー』

 

   

 


         ブロック










 ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。



 ふざけんな。結婚してんのに浮気してんじゃねーよ。



 「失敗か?」昨日のベンチで項垂れていると声をかけ隣に座る神くん。


 「……神くん…………ねぇ今すぐあいつ、消せる?」





 「無論だ」パチンと指を鳴らす。


 「……それだと実感ないみたい。私の記憶から消した方がまだよかったか……」


 「不可逆的な時間の流れは我々の力でも水を差す程度だが特異点である貴様の記憶には残ってしまう。だが『桜井敬介』と言う人間は元より地球に生まれていない。その存在も影響も全て無になったのだ。それは貴様の海馬に刻まれているだけで、ただの偶像と思え、それに貴様の身体で体験した生殖行動も今となっては、ご破算といこと、何事も体験なしでは、ただの夢想も同然」


 「ご破算って、なかったってこと?」私は自然と下腹部に手をやると今朝の鈍痛が確かに消えていた。


 神くんは頷くだけ。


 「……ぶっあはははははは、え? 神くんそれって、私を慰めてくれてるの? それに体験したことが無かった事になるって、もしかして私ってまた処女になったの……くふ、あっははははは何それ! 良く映画とかである何たらパラドックスってやつ? ウケる、セックスパラドックスじゃんそれ! あははは私の子宮だけタイムリープしたってことだ!?」


 「……そう言うわけではないぞ」


 怪訝な表情が、また私のツボに、刺さる。笑った。まだ酔いが残っているのかと思うほど笑い転げた。


 「ひー笑った。神くんも面白いとこあるんだ。ありがとう」


 呆れたと、言いたげに無言で目を閉じ腕を組む神くん。


 「……神くん。残り時間、一日あるよね? お願いがあるの」



 もう時間もないし、足掻いても多分恋人なんてできない。それにまだ記憶に残る敬介のせいで、恋人を今すぐ作れる感情じゃない。分からないけど地球を救うにはこの感情がすごく大事な気がするんだ。


 だから地球のみんなごめん────後の一日は自分の為に使います。






 


     次回最終回「繋げ世界」

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