第7話 嬉しい
桜井敬介との出会いは、単純でとても素朴な、たまたま、隣の席で意見交換したり忘れ物をシェアするくらいの関係だった。特別に部活が一緒だったとか委員会が一緒だったとかじゃなく、ただ帰る方向が一緒で家が近所だっただけで、自然と仲も深まる事に違和感はなかった。
お互い部活には行っていなかったから、バイトしてお金貯めて、遠出したり買い物したりって高校生にしては背伸びした遊びをして、学生っぽい青春って感じではなかったな。
でも私の恋愛の全てはそこにしかなかった。特にタイプとかそう言う相手では無かったのに、一緒にいて一番楽だったのは間違いない。何がそんなに良かったのかな? 居心地の良さってきっと理由があるはずなのに、あの時は感覚で付き合ってたから言語化がうまくできない。別れた後、敬介以外の男の人と会っても、気が休まらないのは事実で、同じ人と何度もあったりしたけど、それは変わらなかった。
敬介と会うのは、三日後。もう約束の日まで時間がない、敬介とならまたやり直したい。今まで恋愛に踏み込めなかった契機をここで、終わらせる────。
二千二十五年十月六日人類滅亡まで後二日。
pm4:30
待ち合わせは地元の駅。G県O市O駅。十月のこの時間帯は、もう陽が傾いているみたい。待ち合わせの時間はpm5:00。地元の駅に降り立つのは随分久しぶり、いつも実家に帰る時は、車で向かいにきてもらう事が多かったし、お父さんが亡くなってからは、ほとんど帰っていない。でも学生時代は駅周辺に塾があったのと、カフェやショッピングモールへのバスもあった事からよく利用していた。
もちろん敬介とデートする時もO駅は利用していた。だから敬介から待ち合わせ場所と、昔みたいにぶらぶらしたいと言われた時は、胸が高鳴った。
pm5:00
「お疲れ〜待った?」
「久しぶりじゃん待ったよ」
「えっ待ったってちょうど五時じゃん。普通は全然待ってないよーとか言うところ!」
敬介。何だかすごく大人に見える。マッシュヘアにゆるめのパーマ、もともと背が高かったけど、ビシッとスーツを着こなしている姿は清潔感があり正直心躍った。
手を引かれるわけでもないのに、自然と敬介の後ろを追った。駅の階段を降り、横並びになりながら商店街を歩く。
「てか俺たち何年振り? 十年くらい経ってんじゃない?」敬介は昔と変わらない人懐っこい笑顔で私を見つめる。
「そうだねぇそれくらいは経ってると思う。ていうよりスーツ着てるんだ似合ってな」これは天邪鬼だ。
「うるせー仕方ないじゃん今の仕事が営業だから大事なんだよ。それにスーツは相手の心を溶かすアイテムだからな」
私の心を溶かしにきてくれているなら大歓迎だ。
「誉は、美容師続けてるんだろ? 髪も金髪だしすんげーオシャレ」
「一応、まあ鳴かず飛ばずのスタイリストだけどね、何とかやってるよ敬介は?」
「いやぁなかなか順調なんだわこれが、前年度営業成績トップだったし、会社の表彰式にもあがたんよ、すごいっしょ」
敬介は私と違って要領よく人と付き合える。それは昔からそうで、誰とでも仲が良かった。頭は普通だったけどスポーツは出来たし秀才って感じだったからとっつきやすかったのかもしれない。
そうこうしているうちに敬介が予約していてくれた居酒屋に着いた。席につきお互い好みのお酒を頼み乾杯した。それを見ると私達は大人になったんだなって改めて感じる。一杯飲み終わった辺りで敬介が尋ねる。
「いやー意外だったんだよね、誉がマチアプしてんの、あんまりそう言うの好きじゃなさそうじゃん?」
「……まあ、あんまりする気はなかったんだけど、ほら私もいい歳だしそろそろね」
ふーんと、そっけない反応に少しがっかりする。
「敬介はさ、何でマッチングアプリやってるの? モテそうじゃん」
「あ、うーんまあ? 俺もいい歳だし色んな人見ときたいなってのもあるよね」
意外だった、高校卒業後を知っているわけではないけど、彼女が尽きるタイプではなさそうなのに。
それからは高校時代の話に花を咲かせ、高校の友人、先生の話をした。
「え!? 奏美って小園先生と結婚したの!?」
昔もそうだった。敬介は話が上手でいつも私を笑わせてくれて落ち込んでる時も助けてくれたっけ。
こんなに楽しいのは久しぶり。いつも仕事ではお客様を、あの手この手でサービスするけど、まるで私が心地のいい接客をされているみたいで、嬉しい。
楽しい時間はあっという間、席時間の終了を告げる店員がやってきて御開きのようだ。時刻はpm8:00敬介は明日も休みだと言っていた。ここで終わってしまったら地球もお終い、ここで決めるんだ私。
「酔い覚ましに散歩でもする?」
口を開いたのは敬介。
私は、二つ返事で了承した。
居酒屋を出て程なく、敬介の提案で高校時代よく行っていた公園に行くことになった。
自然と、お互い確かめ合う事もなく手を繋いで歩いて、公園へ向かう。
O駅近くには、この街のシンボルであるお城が立っている。このお城は、一九三六年に国宝指定されたのだが、一九四五年の空襲で消失し、再建されたお城で、城の隣にある公園は高校時代の憩いの場で、学校帰りによく立ち寄った場所。
私達は、ちょうどお城がライトアップされ、景観がいいベンチに座った。
「このベンチ、まだあったんだね」
座っているベンチの木目を触るとザラザラとした質感に、塗料が所々剥がれて、お世辞にも綺麗なベンチとはいいがたい。
「ん、ああここだっけ? よく座ってたの?」
「そうだよ忘れたの? ……ねぇ敬介。何で私に連絡しようと思ったの?」
私は確信に近づきたく、敬介を見つめる。
敬介は、目線をゆっくりと私に合わせて、何も言わずに、私の顔を見据えている。時間が止まったかのような緊張感の後、私と敬介の距離は徐々に縮まり、お互いの息遣いがわかるまで近づき、キスをした────。
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