第4話 願い

 「……お父さん……」


 白髪混じりの短髪に、くすんだ肌に特徴的なだんごっぱな、小豆色の大格子柄半纏おおこうしがらはんてんを着ている。お母さんが買ってきて色が気に入らないと言いつつも冬になればそれを着て炬燵こたつに入り熱燗あつかんを飲んでいた。テレビ台に置いてあった写真はその時期に撮った家族写真だ。


 「ところでよぉさっきまで居間で飲んでたのにうたた寝しちまって、オレァいつの間にお前の部屋にきちまったんだ? あ! 夢遊病っちゅうやつかこれが」


 私の部屋をキョロキョロと見渡す姿にゴリラみたいに顎髭をちょりちょりと触る仕草をみると、本当にお父さんだと自覚する。私は夢でもみているの?


 「ふっ、お父さんそれ夢遊病ってよりただの酔いすぎだよ」


 「ガハハハ! そうかきいつけんとな! それよか誉の部屋、いつの間にこんな広なった? 家のサイズに、あっとらんぞ? それに随分顔色も悪いんじゃないか? どうした?」


 お父さんは酔っ払ってても私の表情や雰囲気の違いに敏感だったなあ。お母さんは意外と繊細なのよ、あの人と、言ってたっけ。


 「大丈夫。私は大丈夫! ちょっと仕事が忙しくて疲れてるだけ! お父さんこそせっかく飲んでるのにごめんね……」


 昨日、電話ボックスでぶちまけた事をお父さんに言ってしまおうかと思った……お父さんが今ここにいる事実がもし本当なら尚更言いたくなかった。私は何度か愚痴をこぼしたことがあったけど、お父さんは私の辛そうな顔を見て「無理するな、いつでも帰ってきていい」と甘やかしてくれた。でもそれに甘えてしまうと余計にお父さんを頑張らせてしまう事が怖かった。その頃からお父さんの健康診断結果は芳しくなかった。だから私はなるべくお父さんの前では愚痴を言わなくなった。それなら逆にお父さんに喜んでもらえることを聞いた方がいいのではと思い、尋ねる。


 「ねぇお父さん。お父さんは私に出来ることでお父さんが喜ぶことって何かな?」


 ポカンとした顔がやっぱり私のお父さん然としていて顔が綻ぶ。


 「なんだぁ藪から棒に……そうさなぁ……まぁよぉ、無理にとはいわねぇけどよお。やっぱ誉が結婚して”幸せ”になって、欲をいやぁ孫も見てみてえなあ」


 「私の幸せ……?」



 次の瞬間パチンと指を鳴らす音が部屋に響いた瞬間──お父さんが消えた。音もなくプツンとテレビを消すように一瞬でだ、辺りを見渡してもお父さんの気配はしない。幻覚を見ていたの? 本当に夢だったの?? ……だけどほんの少し、お父さんがよく飲んでいた熱燗の香りがする。


 「咲洲誉。お膳立てはしてやった。さあワタシに示せ」


 声の方を振り向くと少年、いや神くんがベットで足を組み座っている。


 「お膳立てってなによ……? さっきのは何!? 私に幻覚を見せたの? それならほんっとうにタチが悪い!! お父さん死んでるの! それを意味わかんない超能力かなんかでみせて、なにがしたいの!?」


 これがこの神の嫌がらせなら、神はとんだ意地の悪いゲスだと世間に言いふらして信仰心を根こそぎ奪ってやりたい。それ程倫理観に欠けた行いだ。


 「キーキーキャーキャーと喚くな。何世代前の人間だお前は? あれは幻覚ではない、れっきとしたお前の『父親』咲洲穂高さきしまほだかで相違ない。少々過去軸から拝借してきたのだ。過去改変の恐れもあったが、咲洲穂高はアルコールに侵され意識の混濁が見受けられ、多少の刷り込みはして戻しておいた、問題なかろう、お前に似て間抜けそうであるからな」

 

 過去軸? 拝借? いよいよ私にはわからない意味不明。まだ幻覚を見せれる能力云々とかの方がまだ解釈の努力はするけど、拝借? って過去から? お手上げだ、いったい何度目のお手上げやら……そろそろ私の腕の数じゃ足りない。


 「……わかったもういい……私の足りない頭で考えてもわかりません神様、どうか知恵をお貸しください。私にどうしてほしいの?」


 神くんは呆れたと言わんばかりにため息をつく、前も思ったけど感情がないわけじゃないのか? するとパチンとさっきも使ったであろう、フィンガースナップをし、その手元にはスマートフォンが出現した。裏面は見覚えのあるピンクゴールドの配色、そして好きなキャラクターのステッカーって。


 「それっ私の!」


 言い終えるまでに、こちらに投げ返してきた。


 「見ろ」


 言われるがままに、スマホの画面を見ると……。


 「婚活・恋活国内最大登録者数『ガチ恋♡』……マッチングアプリ? しかもいつの間にマイページまでできてるの? ──ちょ、ちょっとどういううぅことこれ!?」


 「咲州誉。お前の父親が望む”幸せ”になるんだ。一週間以内に」


 なんで地球滅亡と私の恋活がイコールなのよっ!!!!

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