第二章 双輪のワルツ

第十七射 転換と限界と真相と

『………番組の途中ですが、臨時ニュースです。ルナおよびサテライトに対する特殊戦闘員養成施設であるヴェルメイユ・ファミリアが、何者かに襲撃されたとの報告が入りました。詳しい状況はまだ分かりませんが、現場の近くでは「爆発音が聞こえた」との証言が得られており、校舎の一部、四階の第三科学研究室とみられる箇所からは黒煙が………ただいま情報が入りました。今回被害にあった人物は一人、かの有名な歩夢・クリスト・ファーブルスさん十九歳で、現在は意識不明の重体とのことです。それでは、現場と中継です………………』




頭上に掲げていたマジックパッドのボタンを押し、アプリを閉じる。仰向けに寝転んでいた体を起こし、足の踏み場がなくなりかけている床に、何とか足を下ろしてソファに腰かけなおす。




「はぁ………」




小さくため息が漏れ出る。ここ最近、何をするにも身が入らない。仕事も落ち着き、一生を数十回繰り返しても有り余るような大金とまではいかなくとも裕福な暮らしができる蓄えはあるが、それがあったところで私に空いた空洞を埋めることはできない。少し前までは日課だった皿洗いも、柄になく頑張った部屋の掃除も、背の低さを恨みたくなった洗濯も、その全ては彼の後をなぞっているだけにすぎなかった。そして、残っていた痕跡も、時間がたてば摩耗し、消えていく。今はもう、その行為に彼を感じることができなくなっていた。




私、ミル・ラガン・ドラグノフが再び天涯孤独の身となってから、はや一か月が経過しようとしている。




そして、私、ミル・ラガン・ドラグノフがどうしようもなくダメになってから、はや二年とちょっとが経過しようとしている。




足りない。足りない。たった一つ、ただ一つ。それが途方もなく遠いものに思えてしまう。ついこの間まで、あと一歩の勇気で繋がれる所にいたのに。




あの時引き止めていたら、また何かが違ったのだろうか。いや、私は彼の決意を尊重すると決めたはずだ。今更思い悩んでも………………




「会いたいな…………」




「触りたいな…………」




「話したいな…………」




願望ばかりが口からあふれ出る。まるで。流れ星でも見つけたかのように。しかし今空を見上げたところでこの目に映るのは、底抜けに晴れ渡った蒼穹と、燦々とヴァースを照らす陽の光と、変革をもたらすルナのみである。




彼からの連絡が途絶えたのはおよそ二週間ほど前だ。それまでは、ちょくちょくメールもくれたし、電話もしてくれた。でも、それ以降ぱったりと、文字通り音信不通になった。毎日おはようとおやすみを送るのは流石に迷惑だったのかもしれない。






…………脳裏に、彼の笑顔が浮かぶ。無邪気で、まるで子供のような笑みを、彼はたまに見せた。いつもは冷静なのに、ふとした時に見せるらしくないその笑顔は、酷く庇護欲を掻き立てた。その陰に、どうしても危うげな、アンバランスさとでもいうようなものが垣間見えてしまった。私が守らねば、とそう強く思わせる。




「あぁ………ダメ、もう、我慢できない」




今まで我慢してきた思いが、溢れそうになる。もう、歯止めが利かない、耐えられない。




あと一つ、何か、何か口実さえあれば…………




と、ふと先ほどまで見ていたニュースの内容を思い出す。




『ヴェルメイユ・ファミリアが、何者かに襲撃…………現場の近くでは「爆発音が聞こえた」………被害にあった人物は一人…………意識不明の重体………………』




幸か不幸か、ピースはかみ合ってしまった。音信不通の弟子、その職場で事故………………となれば。




「心配した師匠が来ても…………おかしく、ないよね」




それとも、何よりおかしいのはこの私自身なのかもしれない。でも、こうなってしまった以上、私はもう、あのころには戻れない。




「えへ、待っててね………」




さて、まずは荷造りでもしよう。




もうすぐ愛しい彼に会える喜びに震えながら、私はもので埋まった部屋部屋を駆け抜けた。







一方その頃…………




『こちら現場の…………状況はかなりひど…………原因はいまだ分かっておらず……………捜査が続けられるでしょう………………ザザザザザザ………………ただいま、大変電波が込み合っておりままままます、時間ををををををを空けてててててからららららららごらんくださ………………』




「ったく、やっぱ中古は使えねえなあ………………」




「ごめんなさい、僕が、もっといいのを取ってこられなかったから………………」




「ああいや、別にお前に文句言ってるわけじゃねえよ………ほら、泣くな泣くな」




一人の男が、虚空に向かって語り掛ける。その手はまるで、何かをなでるような手つきで空を切っていた。




「にしてもまあ、派手にやったもんだよなあ。今回も無事、誰にもバレなかったんだろ?」




「ううん、多分、何人かは気づいてたと思う。でも、だれも止めなかった」




「………そうか。まぁ、うまくいったならそれでいいさ。それじゃ、また次の拠点でも探すか!」




「僕が来た頃にはもう茶会にいたけど、またあれくらいちょうどいい隠れ蓑なんてみつかるのかな…………?」




「そんなもん気にしたら負けだぜ?ちょっと行ってみりゃ必ず何かはある。もしそうでないなら……………」




「そうでないなら?」




「俺がこうして、御主に生み出されて、より面白い世界を作るために奔走する意味がねえだろ?」




「ふふ、やっぱり、おじさんはその御主って人が大切なんだね」




「おう、まあお前もその次くらいに入れといてやるよ!」




「ほんと!?えへへ、うれしいな……………」




男は、一人で何か騒ぎ立てたのち、どこへともなく歩いて行った。




残されたのは、既に使者の茶会の根城としての役割を失い、廃屋となり果てた建物と、周辺の捨てられた街のみ。まだ春の陽気が心躍らせる中、やけに季節外れな冷たい風が、廃墟群となった街を吹き抜けていった。

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