第十八射 穴と信頼と友情と

「今回の事件の犯人については、まだ見当もつかない状況だ。直前まで君がいて、彼女がいたあの部屋に誰かが侵入するのはまず不可能だし、それを彼女が気づけないはずもない。…………全て君の責任ではないよ。監督不行き届きの責任は、ここの長である、僕が負う物だからね」




「………………………………」




黙りこくる青年を前にして、僕は小さくため息を吐いた。まさか彼がここにきて早々に事件を起こすとは………………むしろそれを求めていたといっても過言ではないのだが、あまりに早すぎる。対応は逐次進めていくつもりだったが、現在の対策できていない状況でのこの規模の事件は流石に対応が間に合わない。既に情報はヴァース中に流出し、ヴェルメイユ・ファミリアの失態は大大和帝国だいやまとていこく全土に知れ渡ってしまった。歩夢・クリスト・ファーブルス…………惜しい人材だ。最初に失うことになるのが彼女だとは思ってもみなかった。彼女はあれで警戒心も危機感地能力も人並み以上に高い。これもまた、彼の影響か…………




「………………歩夢は」




彼をこの部屋に呼んでから初めて言葉を発した。やはり、職に就いたばかりで生徒をあんな目に遭わせてしまったのは、相当なショックだろう。




「歩夢の容態は、どうなんですか。俺たちが部屋に戻った時には、まだ生きてたはずです………!」




「ああ、もちろんだとも。彼女は今、眠っているだけだ。文字通りにね」




彼女の無事を聞いて少し緊張が解けたのか、表情が少し和らぐ。




「ここ最近は、よくアイツに遊ばれてたんです。変なもの作って飲ませてきたり、危うく宇宙に発射されそうになったり…………でも、悪いヤツじゃないんです。いろんな噂が飛び交ってますけど、アイツはそんなんじゃなくて、もっと優しくて、面白いヤツで………」




「知っているとも」




「………………すみません、取り乱しました」




彼もまた、僕の数少ない理解者だ。今、僕が感じている気持ちについてもよくわかるだろう。彼の影響?惜しい人材?そんなことは、本当は微塵も考えちゃいない。ヴェルメイユ・ファミリアの悪評が立とうが、世間に糾弾されようが知ったことではない。ただ、憎い。僕の大切な生徒を、愛弟子を、こんな目に会わせた奴が。




でも、僕の感情より、彼や生徒のアフターケアのほうが重要だろう。




「安心したまえ。彼女は、僕の命をかけてでも治して見せる。絶対だ」




「………………最強が言うと、説得力がありますね」




彼は、ほんの少しだけ笑った。ああ、それでいい。僕はただ、この世界の、この美しい笑顔達を守りたいだけなんだ。窓の外、澄み渡る蒼穹に浮かぶルナを見やり、もう一度。深く、守護を心に誓うのだった。







「………………サターシャ、隣、いいか?」




「…………あ、うん。いいよ」




今日もまた、何事もなく昼休みを迎えた。あの日のことなど、無かったかのように。




ヴェルメイユ・ファミリア爆破事件から、はや数日が経過した。あの日先生とともに現場に居合わせた私は、爆発による影響を、全て目の当たりにしてしまった。よほど頑強な素材で作られていたのか、扉すら壊れていない薬品棚の前、いつもはあれだけ大きく見えていた彼女の背丈は、まるで別人かのように変わっていた。頭部を腕で守ったのか、焼けただれた腕。それでも防ぎきれなかったのだろう、彼女の端正な顔には見るも無残なやけど跡が残り、愛用していた縁のない眼鏡も、粉々に砕け散っていた。そして……………




「足………………」




「………………」




「足が、無かったの………………爆発の勢いが下に集中してたって………………もし死ななくても再起不能にするためじゃないかって………………何それ、意味わかんないよ、足、無くなって、歩けなくて、魔法でも治せなくて、それで、現代医学も、それで、それで、あれ、あれ、えへ、えへへへ…………へ………………」




「サターシャ!!」




鏡花の叫び声で、ふと我に返る。




「…………ごっ、ごめん。またやっちゃって」




「そんなことを気にしてるわけじゃねえよ。アタシが気にしてんのはお前の現状。…………本当に、大丈夫なのか?」




不安そうに私の顔を覗き込む鏡花。その顔はまるで、今にも屋上から飛び降りそうな人間に向けるような視線であった。




大丈夫か?




もちろん、大丈夫ではない。




でも、鏡花に私のトラウマを取り除くことはできないし、私にも発作のタイミングは予期できない。癒えない傷は致命傷だなんて、良く言った物だ。癒えない傷は、致命傷ではない。これは、呪いだ。私を殺さず、ただ苦しめ続ける呪い。周辺の異常にすら気づけなかった、私への罰。そして、贖罪。




「大丈夫だよ。私はさ、大丈夫…………だから」




「あら、とても大丈夫には見えませんけど?」




………………ん?




聞きなれない声に、いつの間にか俯いていた顔を上げると、そこには眩いばかりの金色の縦ロールがあった。




「お?お前が誰かに話しかけるだなんて珍しいじゃんか。どんな風の吹きまわしだ?」




「私が皆様に声を掛けない人間だと定義するのは皆様の勝手ですけれど…………あまり上流階級の人間に偏見を持つのはどうかと思いますわ」




「ぐぬぬ………………」




適当にあしらわれた鏡花が唸る。この縦ロールは確か……………




「傷心の方に名前を憶えておけと言っても無理がありますわよね。私はレイサ・アリアス・フォーリナルですわ。レイサ、とでもお呼びくださいまし」




「あ、えっと…………うん。な、何か用かな?」




「いえ、ただ少し助言を、と思いまして。あなたは今、すごく苦しいのでしょうけれど、それがあなただけだと思いまして?」




「………………え」




みょんみょんと縦ロールをいじりながら、偉そうにするでもなく、ただ淡々と述べるレイサ。




「あなたとともにいた先生もまた、あなたと同じ苦しみを味わっているでしょう。そして、あなたの隣の彼女も、過去に同じ思いをしたのでしょう。…………この世界で生きる上で、重要なこと。それは、一人にならないこと…………ですわよ」




言いたいことを言って満足したのか、レイサは相も変わらず縦ロールをみょんみょんといじりながら去っていった。




「…………あー、アイツのことはあんま気にすんなよ。お前はお前なんだからさ」




鏡花が苦笑しながらつぶやく。そういう内心では、彼女が正しいことに気づいているのだろう。鏡花が優しさから踏み込めなかったところに、彼女は優しさで踏み込んできたのだ。……………正直、ものすごく痛いところを突かれた。痛いというか、わざと見過ごしていた場所、といったほうが正しいだろうか。私のそばにいてくれている彼女もまた、過去に目の前で家族と友達、そして村の人たちを奪われている。そして、私と一緒に現場に居合わせた先生も。歩夢さんを失った痛みと苦しみを抱えているのだ。




「一人にならないこと…………か」




案外、的を射ているのかもしれない。




鏡花をじっと見つめる。




「………………?どうした?ほっぺたになんかついてるか?」




不思議そうにこちらを見つめ返す鏡花。黒いクリっとした瞳。最近は気を使っているらしい、ふわっとした長い黒髪。制服の上に薄紫のパーカーを羽織っている。私の前の席の机に腰かけ、足をプラプラさせていた。




「ううん、なんでもない。ただ………………」




「ただ?」




「私はこの世界をいつまでも生き抜けそうだなって」




「…………ああ、なんだ、そういうことか。当たり前だろ!」




嬉しそうに笑いながら拳を突き出す鏡花。私も、握りこぶしをもって、彼女との確かな友情に答えたのだった。

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月と異世界と銃火器と 唸れ!爆殺号! @bakusatuuuuu

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