第5話 代わり
その後彼らは、いくつも互いについて言い交わし、一樹は少年の主張を整理していった。
この少年(と言うと「雲だ」と訂正されそうだ、)が人間のかたちで降り立ったことが原因で、雲が消えてしまったこと。不自然だと騒がれないように住民の意識に異変を起こしたこと。
「雲に意識改変なんてできるのか?」
「そりゃあ君、人間はほとんど水からできているからね。ここのみんなは僕の──なんて言えばいいかな──管轄内の水を飲んでくれているだろう。誰かさんは今日の朝、飲んでこなかったみたいだけど」
少年は一樹にデコピンした。いたっ、と片手で押さえると、少年はいたずらっぽく笑った。
そして。
「一樹、君が僕の代わりなんだよ」
足元の若草をサワサワ撫でながら告げられた。
「代わりって、どういうことだよ」
「君が一番よく分かっている筈だ、なぜ君が熱中症で倒れそうになったとき、抵抗しなかった?」
……。言葉に詰まる。
「……そりゃあ熱中症ぎみで、抵抗できないような力の抜けようだったからだよ」
「本当にそれだけかい?」
少年は真剣な目で一樹を見据えた。
……答えることが出来なかった。黙り込むと呆れられ、この日はお開きとなりかけた。
「……待ちなよ。まだ聞き足りない」
しかし一樹は町に戻りたくなかった。
人間と接する事が苦手な上に、勇気を絞った結果があの恐怖で、人と会う事すら最早トラウマと化していた。
元凶とはいえ、やっと会えた理解者を離したくなかった。
その思いを誤魔化す為に質問を重ね、その中で少年を“雲”と何度か呼んでいると、
「くも、くも、ってうるさいなあ、僕は虫が嫌いなのに」
と、難を言われた。
「じゃあ分かった、今から君の名前は──」
仕方なく適当に草原を見渡すと、月見草の様な花が目に入る。
「──あれだ、月見だ」
と言うと、少年もその花に目をやった。
「昼咲きの月見草とは面白いね。月見、か。へえ、詩人じゃあないか!」
ピンっと人さし指と親指を立ててウインクをしたのを見て、急に耳が熱くなった。
「なんだよ、嫌なら嫌ってそう言え」
「いいや気に入ったね。ぜひとも名乗らせてもらうよ」
そっぽを向くと、脇の下に腕を入れられて立たされる。後ろから背を押され、家に帰るよう催促された。
仕方なく一樹は、笑顔で手を振る“雲”もとい月見の、大丈夫という言葉を信じて山を下った。
ふもとに着くと、早速あの農婦がいた。足が竦んでいると相手は穏やかに世間話をし始めた。月見の言った通り、いつもの優しい雰囲気に戻っていた。ようやく緊張が解け、落ち着いて帰路を辿り始めた。
ひんやりと濡れたままのTシャツを見て、ふと、口元がほころんだ。
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