第12話
10月.......
冬服に袖を通した朝。教室の中の色が白から紺に変わり、一気に季節が進んだ感じがする。
夏祭りの日、結局肝心な事は何も聞けなくて、三人で花火を見て帰ってきた。繋がれた手は、葵先輩に気付かれる前にどちらともなく離した。
終わりを告げた夏、学校が始まった九月は、暑さと台風を連れて、あっという間に去っていった。
先輩達って、いつぐらいまで学校に通うんだろう.......確か兄貴も、12月ぐらいから学校には行ってなかった気がする。
俺はこの一ヶ月、わざと三年の教室がある階の階段で立ち止まったり、弁当があるのに購買に行ったり、なんとか先輩に会えないかと無駄に学校を彷徨いていた。
逢いたいと思ってる時ほど、偶然は起こらなくて、もう何日も先輩の姿は見てなかった。
部活はもう俺達の代に変わったから、後輩達の指導や新しいスタメン争いで、毎日忙しい。
なのに.......疲れて帰ってもベットに転がった途端に、先輩の顔がちらついてなかなか眠れない。
「.......どうせ寝れないなら」
俺はボールを手に取ると、久しぶりに家の近くの公園に向かった。
その公園はバスケットのゴールが一つ設置されてて、中学の頃は兄貴によくシュートの仕方を教えてもらった場所。
ドリブルを繰り返し、ボールを手に馴染ませたあとシュートを打つ。
「.......ちっ」
何度繰り返してもリングに弾かれるボール。
気持ちが別のところにあるんだから当たり前か.......
飛んで行ったボールを拾いに向きを変えると、暗がりでそのボールを拾う人。
「.......荒れてるな」
「和先輩!」
俺は先輩に向かって駆け出すと、その手を引き寄せ抱き締めた。先輩の手から離れて転がるボール。
「.......どーした?」
優しく背中を撫でる手。耳元で囁く甘い声。包まれる大好きな香り。
「逢いたかった.......」
「.......」
背中を撫でていた先輩の手が、俺のTシャツをぎゅっと掴む。
.......伝えてもいいかな、俺の気持ち
そう思った瞬間、先輩が俺の身体をぐっと離した。
「.......フフ.......感動の再会か?まだ引退してから二ヶ月ぐらいだぞ」
「先輩!」
なぜか誤魔化された気がした。
落ちたボールを手に取り、ドリブルを始めた先輩。俺は呆然とその場に立ち竦む。
「.......初めてだな、ここで会うの」
「先輩はよく来るんですか?」
「うん。勉強に煮詰まると、ここに来る。今日もなんとなく足が向いて.......まさか....夏希が居るとは思わなかった.......」
「....受験勉強大変ですか?」
「....まあな......実力より、目標がかなり高いからな」
「先輩.......なんでその大学なんですか?」
「......」
「.......兄貴と同じ大学だから?」
先輩が投げたボールが、まっすぐな軌道を描きリングに吸い込まれる。
「夏希.......本命に受かったら......叶えて欲しいお願いがある」
ゴールに向かっていた身体を、こちらに向けて先輩が話す。
「.......お願い?」
「......うん....夏希にしか叶えられないお願いだから」
「俺にしか?」
「うん......だから俺、頑張るから....それまで待ってて......」
はぐらかされてしまった俺の質問と、俺にしか叶えられないお願い.......
待っててと言われたら、それ以上何も聞けなくなった。
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