第5話




指先に残った先輩の唇の感触が忘れられなくて、何度も寝返りをうつ。



「.......ああ、もう!」



もやもやした感情を沈めたくて、部屋を出るとキッチンに向かった。




冷蔵庫から水を出し一気に飲み干す。



渇いた喉が潤され、少し落ち着いた感情。




「.......まだ起きてたのか?」


不意に声をかけられ振り向くと、久しぶりに顔を合わせた兄貴がいた。



「.......兄貴こそ」


「俺は今、帰ってきたんだ」



少しお酒の匂いをさせながら、隣に立ち同じように水を飲む。




「.......そういえばお前。スタメン入りしたんだって?」



「.......何で知ってるの?」



「和に聞いた、あいつ自分の事のように喜んでたぞ」


「...........」



そうだった。和先輩、兄貴と仲がいいって、葵先輩が言ってた。



思わず出る小さな溜め息。



「.......なんだよその溜め息。まさかプレッシャーとか?」



「.......それもあるけど」



「.......ん?」




「........兄さんさぁ......誰かの香りが気になってしょうがないことって、ある?」



「..........香り?」


「.........うん」



「.....気になるって.....どんな風に?」



「......どんな風って.....その香りが好きで.......」


「.......それで?」



「......そ....それでって?」


「......その人の香りが好きで、何か困るのか?」




「....いや.....思わす抱き締めたくなるって言うか....」



片方の眉をくいっと上げた兄さんが、じっとこっちを見る。




「.......そりゃあ......好きな人の香りは理性を壊すからな」



「...........」


「.......本能が、その人を求め始めたってことだろう?」



........本能?



「.......適当に遊んでると思ってたお前にも、そんな人がねぇ。まあ頑張れ.......」




兄さんは口角を上げて薄く笑った後、キッチンを出て行ってしまった。



.......本能で和先輩を.....




そう本当は.......兄さんに聞かなくても薄々分かってた。



俺は 和先輩が好きなんだ......



......だから先輩の香りに惹かれて......その香りに抗えなくなってる




たぶん.......出会った時から惹かれてた。でも、先輩は男で俺も男で、だから気持ちの奥底に無理やりしまいこんでたんだ。



それがもう、限界を超えて香りとなって現れたんだ。




「はぁ.......だからって、どうすることも出来ないだろう」



虚しく呟いた一言が、水と一緒にシンクの中に流れていった。








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