第5話 新しい名『レオ』
「ほら、洗い終わったなら、あそこの湯船に浸かれ」
彼は初めて見る湯船に、恐る恐る近づいていった。指先で水面にそっと触れ、慎重に体を沈める。
「あ、あんたも入るのか?」
「ばかだな、僕は入らない」
その言葉に、彼は慌てて湯船から立ち上がり、浴室の出入り口に向かう。
「じゃあ俺も入らない!!」
リオルは面倒くさそうに、ため息をついた。
「ったく、勝手なやつだな。そのまま出るなよ。このタオルで身体を拭くんだ」
彼は躊躇しつつも、リオルの指示に従いタオルで体を拭き始める。肩や背中に触れる布の感触に、少し身をこわばらせながらも、丁寧に拭いていく。
「…あんた、本当に俺のこと嫌いじゃないのか?」
腕を組み壁に寄りかかるリオルは、目を閉じたまま言葉を落とした。
「僕の言うことを聞けば、な」
「わかった。言う通りにする……こうして俺の世話をすることにも抵抗はないのか?」
リオルは小さく鼻で笑い、淡々と答える。
「なんでだよ、僕がすると決めたんだ」
まだ納得いかない様子で、彼は手を止め、静かに漏らす。
「俺はあんたにとってなんの得にもならない存在なのに……ただの同情で助けてるだけか?」
「同情だと?僕にそんな感情なんてない。お前もこれから僕に仕えるのなら、余計な感情は捨てろ」
一瞬、彼の表情が揺らぐ。だがすぐに毅然とした態度へと切り替えた。
「そうだな、余計な感情なんて必要ない。俺はただあんたのためだけに存在する」
彼はその言葉を口にしながら、胸の奥で何かが変わっていく気がした。
「ああ、それでいい」
リオルは立ち上がり、手で湯気を払うようにして浴室の扉を開けた。
「もういいか、出るぞ」
湯気を背に、二人は浴室を後にする。足音が廊下に吸い込まれ、冷たい空気が肌に触れる。
「じゃあ……これからあんたのことを、なんて呼べばいいんだ?」
「そうだな……僕のことは、ご主人様と呼べ」
彼の瞳がわずかに揺れ、やがて声は真剣な響きを帯びた。
「……わかった。ご主人様。これが俺の新しい人生の始まりなんだな」
「そうだな。昨日までのお前はもう死んだ」
リオルが振り返り、真っ直ぐに彼の瞳を捉える。
「生まれ変わったお前の名は――レオだ」
「レオ……」
その名を口にした瞬間、胸の奥で小さな火が灯った。
昨日までの自分はもういない。まるで世界が色づくかのように、レオという名で新しい人生が始まる合図だった――
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