第4話 鎖を解く湯

「ああ。使用人に任せたら、お前が暴れて大変なことになりそうだからな」


 彼は眉をひそめ、リオルの顔を見た。


「それと……俺、人間とは絶対に一緒に風呂入らないからな!」


「当たり前だ、さっさとその汚いボロ雑巾を脱げ」


 一瞬ためらった後、彼は仕方ないと言うように服を脱ぎ始めた。ボロ布のようになった服の隙間から、痩せこけた体と傷だらけの肌が露わになる。彼は慌てて腕で体を覆い、低く唸った。


「……見るな」


「はぁ……なるべく見ないようにするから」


「ほら、ここへ座れ。こうするとお湯が出る。それでまず全体の汚れを落とすんだ」


 彼は椅子に腰を下ろし、恐る恐る手を伸ばしてお湯の出し方を学んだ。


「こ、こうか?」


 震える手でお湯を出し、体に当ててみる。だが、熱さに耐えきれず、思わず体を小さく震わせた。


「ばか、最初は手で温度を確認しろ」


 少し顔を赤らめながら、彼はためらいがちに口を開いた。


「そ、それも知らなくて……」


 もう一度手で温度を確かめ、慎重に全身にお湯を当て始める。


「……これ、気持ちいいかもしれない」


「ああ、長年の汚れを落とせよ。最初は頭から洗うんだ」


「髪、長いな……あとで短く切らないとな」


 リオルはそう言って、彼の髪を洗い始めた。彼は目をぎゅっと閉じ、泡に包まれた頭皮をじっと預ける。


「しゅわしゅわする……」


「こうして頭の汚れを落とすんだ……って、汚れまくってるな。三回くらい洗うか」


 何度も洗ううち、三回目には泡が白くなり、頭皮もすっかり綺麗になった。


「……全部、落としたか?」


「やっとな。次は石鹸を使って体を洗うんだ」


 石鹸を手渡すと、彼は恐る恐る泡立て、手のひらで体をこすり始めた。


「……俺、人間にこんなふうに洗われたり、教えてもらうなんて……変な気分だ」


「今まで、どういう家に飼われてたんだよ」


 リオルの問いに、彼は光を避けるようにうつむき、唇を噛んで肩を震わせた。


「前のご主人たちは、俺を風呂に入れることもなかった。飯も最低限しかくれず、殴るのは当たり前だった……俺が売りに出されるのも、知らされてなかったんだ」


「ふーん、世の中そんな奴らばっかりだな」


 吐き捨てるように言うと、彼は怒りと恥ずかしさに顔を強ばらせた。


「人間はみんな同じだと思ってた。でも……あんたは少し違うみたいだな…」


 リオルは薄く笑い、冷たく言い放つ。


「ははっ、勘違いするな。お前は契約のために僕に飼われたんだからな」


 少したじろぎながらも、彼は決意に満ちた目でリオルを見返した。


「わかってる。契約のためなら、なんだってするさ。その代わり、約束は守れよ。俺をちゃんと扱え」


「ちゃんと扱ってほしいなら、僕の言うことを素直に聞くんだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る