第5話 保健室の恩人

「こっちのベッドに」

「すみません……」

「謝らなくていいのよ。ここは保健室、具合が悪い子や怪我した子を診るための場所なんだから」


 ウインクした千鶴と一緒に彼女をベッドに寝かせると、寝息を立てながら眠り始めた。


 美人は寝顔も様になるから、なんだかズルい。


「初めての環境で慣れないことばかりだから、疲れちゃったのね」


 あれだけ常に見られ続けていれば、誰でも疲れるだろう。初めての環境なら尚更。


「でもまさか、あなたが連れてくるとは思わなかったわ」

「“困ったときはわたしのところに来なさい”って言ったのは、先生ですよ?」

「ふふっ、一言一句覚えていてくれているなんて、先生、嬉しいな」

「…………っ」

「最近はどうなの?」

「どうって言われても、“ごく一般的”な高校生活を送ってますよ」

「ごく一般的、か」


 二人の間には、切っても切れない縁がある。それを知る者は他に誰もいない。


「先生には感謝しています。俺がこうやって学校に通えているのは、先生のおかげでもあるんですから」

「そう言ってもらえると、教員冥利に尽きるってものよ」


 照れた顔で後頭部を撫でる。笑顔が絶えない人だが、それに救われた人は少なくないはずだ。現に、ここにも……。


「……じゃあ、俺帰ります」

「えっ、もう帰るの?」

「先生がいるなら、俺がいなくたって……」

「女の子置いて帰っちゃんだ。ふぅーん」

「その言い方だと、俺が悪者みたいじゃないですか……って、なにしてるんですか?」


 彼女の姿がベッドのふちに消えた。


「――私を置いて行っちゃうの?」

「……勝手に人の心の声を代弁しないでください」

「あちゃ~、バレちゃったか~」

「バレバレっすよ」


 ベッドの縁に隠れても頭のてっぺんが丸見えだ。


「先生、後はお願いします」


 と言って丁寧にお辞儀すると、教室にカバンを取りに行くため扉に体を向けたが、クロエが手首を掴んだ。


「え」

「そばに……いて……っ」


 潤んだ瞳に見つめられれば、断れる人間はいない。


「…………っ」


 金里に目線を送るが、彼女は口元に手を当ててニヤニヤしていた。

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